ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 移動している間にも、予定時刻が迫っている状況だ。

 早くモーニングコールを、済ませなければ。

 逸る気持ちを抑えながらフロントへ戻って来た私は、内線を手に取った。

「内宮、戻りました。お客様へモーニングコールを行います」
「それ終わったら、交代してね」
「すみません。もう少しだけお願いします」

 席を外している間にフロント業務を変わって貰った同僚へ一言謝罪をしてから、山田様の部屋に電話をかける。

 お客様のご要望通り、九時十五分までにモーニングコールは達成できたけれど……。

 連絡ミスにより、九時ぴったりに電話をかけられなかった。

 こちらのミスを隠して対応すれば、不誠実と後々クレームに発展しかねない。

 常連だから。
 初めて宿泊されるお客様とか、そんなことは関係ないのだ。

 誰に対しても平等に、気持ちよく宿泊できるような接客を心がけることが重要なのだから。

 初心に返った私は、できるだけ落ち着いた声でアナウンスを行った。

「おはようございます。山田様。フロント、内宮でございます。授業員の伝達ミスによってご連絡が遅くなり、大変申し訳ございませんでした」
『……ああ……内宮、さん? いつもありがとう』

 寝起きらしき山田様は、なんでこんな時間までモーニングコールをして来なかったのかと怒鳴り散らすことはない。

 無事に通話を終えられそうで、ほっと胸を撫で下ろしたい気持ちでいっぱいだったけれど……。
 意識が覚醒した瞬間、捲し立てる可能性も考慮しておくべきだ。

 私は電話を切るその瞬間まで気を抜かずに、山田様へ電話越しに言葉を紡ぐ。

「それでは、失礼いたします」

 内線電話を終えて受話器を置き、大きく息を吐き出す。

 柄にもなく、緊張していたようだ。

 想定していたようなクレームにはならなかったが、休んでいる暇などない。

 チェックアウトの際に山田様から何か言われる可能性だって、ゼロではないだろう。
 私は緊張状態を継続したまま、フロント業務に戻った。
< 92 / 168 >

この作品をシェア

pagetop