ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 そんな状況下の中、手続きのピークを終えたことを見計らった総支配人がフロントの中までやってきた。

 彼に呼び止められた渉は、また怒られるのではないかと露骨に顔を顰める。

「ええー。なんすか、総支配人。オレ、一生分注意されたんすけどー」
「安心しろ。指導ではない。山田様の件だ。まだ、チェックアウトを済まされていないな」
「そうっすね。あの人はいつも、ギリギリまでお部屋にいるんで」
「姿を見せたら、全員で非礼を詫びる」
「まー、そうっすね。山田様、優しいし。許してくれると思うんで、オレは頭下げるのは問題ないです。香帆は?」

 二人の視線が同時に、私へ向けられた。

 渉は同意を求めるものだったけれど、支配人の視線には不満が見て取れる。

 職場で下の名前を呼ばせるなどあり得ないと顔に書いてある彼の姿を横目に、私は遠い目をしながら答えた。

「私も問題ありません。モーニングコールの際に一度していますが、面と向かって謝罪をするのは大切だと思うので」
「そうだな。では、そのように」

 ぐっと唇を噛み締めた総支配人は、プライベートな発言は飲み込むべきだと考えを改めたようだ。

 さすがは大人の余裕ある男性といったところだろうか。

 ぐっと堪えるその仕草にときめいている自分がいることは、見て見ぬふりをしなければならないのに――。

「香帆」

 目を見開いた彼は私へ足早に近づいてくると、耳元で下の名前を囁いてきた。
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