ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「この度はモーニングコールの不手際により、ご迷惑をお掛けし申し訳ございません」
「ございませんっしたー!」

 本当に悪いと思っているのだろうか。

 渉がこの場に不釣り合いな大声で謝罪をしたあと、私達は総支配人とともに頭を下げた。

 山田様が怒っていれば、怒鳴られる。
 気にする必要はないと考えているなら、世間話が始まるだろう。

 この常連客は、いつもそうなのだ。

 チェックアウトの手続き中、従業員と他愛もない話をするのが好きらしい。

 私は山田様の口から言葉が紡がれるのを、二人と一緒にじっと待ち続けた。

「いやいや。いいんだよ。気にしないで……。頭を上げてくれ」

 山田様は優しい声で私達の謝罪を受け入れると、感慨深そうに言葉を紡ぐ。

「今年はホテル・アリアドネの問題児が二人と、本社の御曹司殿が揃う奇跡の年だったか。こいつは、貴重な体験ができたなぁ」

 それを聞いた総支配人が頭を上げたので、私達も再びそれに倣う。

 面と向かって怒鳴りつけてこないあたり、本当に怒っていないのだろう。

 私は内心ほっと胸を撫で下ろしながら、山田様が手続きを終えるまでは安心できないと再び気を引き締めた。
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