夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする

七夕祭り


 夏休み。

 天坂くんとはなんの連絡もしないまま、ただただ日々が過ぎていった。

 私にとっては、結局何もない夏休み。

 でも、天坂くんは違う。

 彼はこの夏、ピアノコンクールの予選を控えてるから今頃必死にレッスンに励んでいるはず。


 天坂くんから送られてきたピアノの動画をもう一度見る。

 妹たちと楽しそうに会話をする天坂くん、踊るようにピアノを演奏する姿はやはり素敵だった。


 いつか、このすぐそばで彼の演奏を聴ける時が来るといいな。

 でも、それはムリかもしれない。



 八月に入り、暑い日が続いていた。

 駅前を通りかかると、七夕用の大きな大きな笹竹が道路わきに飾り付けられていた。

 私の住む地域では旧暦の七夕にちなんで八月に七夕祭りが行われる。

 八月五日から七日までの三日間、駅前の大通りの商店街が歩行者天国になって盛大に行われる予定だ。最終日には近くの河川敷から花火も打ち上げられる。

 私にとっては今年二度目の七夕だった。

 天坂くんとお祭りに行けたら絶対楽しいだろうな。ついついそんなありえないことを考えてしまう。



 そうして迎えた八月の七日、雲一つない青空が広がっていた。

 絶好のお出かけ日和、花火日和だ。

 そんな絶好の空模様でも、特になんの予定もない私は朝からダラダラとクーラーの下で過ごし、気づけば夕方になっていた。

 アプリを開いて、過去の天坂くんとのやりとりを眺める。

 何か送ろうと迷ってはまた閉じる。そんなことを朝からずっと繰り返していた。

 そして何度目かわからないくらいにアプリを開いた時、画面がいつもと違っていた。


 『・・・』


 相手がメッセージを入力している時の吹き出しが現れた。


 え、これってもしかして天坂くん!


 間違いない。

 今向こうも文字を打ってるところなんだ。

 なんてタイミングなんだろう。私はベッドから立ち上がって部屋の中をウロウロしながらその吹き出しを眺めていた。


 どんなメッセージがくるんだろう。


 早く来ないかワクワクしていたが、突然その吹き出しは消えてしまった。


「ええぇ! ウソでしょ! 待って、待って待って待って!」


 慌てた私は『待って天坂くん』と入力しようと文字を打った。

 送信しようとした瞬間、またもや相手の吹き出しが現れる。

 あ、天坂くん! よかった。

 私は入力していた文字を送らずに、静かに見守った。

 そして、天坂くんからのメッセージがついに表示された。


『楓花ちゃんこんにちは 毎日暑いね』


 来た。待望の天坂くんからの言葉。

 こんな、何気ない文章が私にとっては誰のどんな言葉よりも胸にささる。

 脊髄反射的に文字を打つ。


『こんにちは天坂くん ほんと暑いよね』


 ちょっと早く返事をしすぎたかな? 送信してからそんなことを思った。たぶんメッセージが来てから返すのに、二十秒も経ってない。

 なんかずっと待ってたみたいで恥ずかしい。

 それとも、どうしようもないくらい暇なやつだと思われたかな。

 そんなどうでもいいことを考えていると返事が返ってきた。


『今日駅前で祭りがあるの知ってる? よかったら今夜一緒に行かない?』


 ──!


「えええー!」


 思わず声が出た。

 これってデートだよね。デートの誘いだよね?

 この二週間くらい全然からんでなくて、こっちは何を話そうか悩んでたくらいなのに、こんなことを簡単に言ってくるところがやっぱりすごい。

 突然のことに頭がパニックになり、ベッドにダイブする。

 スマホを眺めながら、少し冷静になって考えてみる。


 待って。


 私の中の冷静な私がこう語りかける。


 早まるな。これはなにも二人で行こうってことじゃないかもしれない。

 もしかして他にも誰か誘ってみんなでってことかもしれないよね。

 そうだ! 天坂くんの双子の妹ちゃんたちもいっしょかもしれない、万が一ってこともある。

 一応確認する。


『それは二人で?』


 送ってから思ったけど、なんかイヤな返しだな。こんな時、素直に二人で行きたいって言えるような自分になりたい。


『もちろん二人でだけど ダメかな?』


 やあああ! ダメじゃないダメじゃない!


 ベッドから起き上がり、すぐさま返事をする。


『大丈夫だよ!!! 二人で』


 二人で、二人で、二人で!

 こみ上げてくる。


『じゃあ 七時に駅前でいいかな』


 嬉しさが爆発する。

 世界へ叫びたいくらいに私の気持ちは高ぶっていた。


 その後、私は部屋の中をひっくり返しながら準備をした。

 お祭りに出かける予定なんてなかったから浴衣の用意ができなかったのは残念だけど、どうにか今ある服と慣れてないメイクで頑張ることにした。
< 10 / 12 >

この作品をシェア

pagetop