夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする

花火


 鏡の前で何度もチェックを行い、午後六時過ぎに家を出た。

 駅前に到着したのは待ち合わせの二十分前。

 少し早すぎたかな。でも絶対に遅れたくなかったし、早めに到着して気持ちを落ちつけたいと思っていた。

 駅前は予想通り人がいっぱいいて、浴衣を着た同世代の女の子たちもたくさんいた。

 自分と比べて、どの女の子もすっごくかわいく見える。


 大丈夫かな私……。

 鏡の前で何度も何度も何度もチェックして、それでもまだ不安が押し寄せてる。

 髪、変じゃない?

 靴、汚れてない?

 口元は笑顔で。


 その時。


 人混みの中から歩いてくる天坂くんを見つけて、心臓が飛び跳ねた。

 あたりの女の子たちの視線が天坂くんをなぞる。

 天坂くんが私の前まで来ると、周囲にどよめきが起こる。


「楓花ちゃん、だよね」


 声をかけられるまで、私はすっかり見惚れちゃってた。


「あ、天坂くん!」

「やっぱりそうだ。すご……」


 天坂くんは私を見て目を丸くしてる。


「ど、どうしたの? 私の顔なんかついてる?」

「いや、その……可愛すぎるよ」

「え、え?」

「普段メイクとかしてない時も全然かわいいけど、今の楓花ちゃんは正直ヤバいね……」


 目を細めて遠くを見る天坂くん。気持ちを落ち着かせようとしているようだ。いったいどうしたんだろうって思ってると私の目を見てこう言ってきた。


「日本に来て、よかったよ」

「どうしたの? いったい……」

「や、ごめんごめん。とりあえず、今日は来てくれてありがとうって言いたいだけ」


 照れくさそうに頭をかく天坂くん。なんだかいつもの余裕のある感じじゃないのも新鮮でいい。


「こちらこそ、その誘ってくれてありがとう……」

「ごめんね。突然連絡して。今日のことは、実は、前から、その……言おう言おうと思ってたんだけどね……」


 歯切れ悪く、キョロキョロと周りに目をやりながらしゃべる天坂くん。


「結局当日になっちゃって、ごめん。今日はほんとに時間大丈夫だった?」

「うん、全然平気、むしろ私も天坂くんと──」


 いっしょにお祭りに行きたかったし、とつい言っちゃいそうになって口をつぐむ。


「ん、どした? なに?」

「なんでもない! いいから、いこ! お腹すいてない?」

「そうだね」



 お祭り最終日、日曜日ということもあって会場の商店街は盛り上がっていた。

 道路の左右にひっきりなしに露店が立ち並ぶ。

 天坂くんにとっては初めての光景なのか、子供みたいに目を輝かせてる。


「楓花ちゃん、何が食べたい?」

「んー……」


 全部かな。と答えようとして、正解を考える。

 食い意地が張ってるって思われたくないし、無難にわたあめ?

 のどが乾いてるし、かき氷でもいいかなとか。


「僕ワタアメってやつが食べたくってさ」

「え、わたあめ! 私も考えてた!」

「ほんと! じゃあそれにしよ!」


 二人でわたあめをほおばる。ふわふわの食感ととろけるような甘さに二人とも笑顔になる。


「ウッマ! ふわっふわだね!」


 天坂くんの大げさな反応に私はお腹をかかえた。


「天坂くん、もしかして日本のお祭りって初めて?」

「うん、そうだよ」

「そっか。そうだったんだ!」


 いいのかな。初めての日本のお祭り、私なんかと来ちゃって。


「初めて食べたけど、このワタアメって最高だね。他にもいろいろ食べたいな」

「うんうん、どれもおいしいから、次行こ」



 その後、私は焼きそば、天坂くんはたこ焼きを食べ歩き、デザートに二人でかき氷を買った。

 私はイチゴ味で、天坂くんはメロン味。


「夏はやっぱりかき氷だなあ」


 私がありきたりな台詞を吐くと、天坂くんは少し驚いた顔をする。


「そうなの? ニッポンの夏はかき氷なんだあ」


 天坂くんといっしょにいると細かいところで文化の違いを感じる。

 でも、だからこそおもしろいって思う。

 同じ物を見ても感じ方が違う。

 それを二人で共有する。

 そうすれば、二人分の人生を楽しめるんだもん。


「ねぇ、一口ちょうだい」


 天坂くんは返事を待たずに、私のかき氷をすくって食べた。


「うん、イチゴもおいしいね」


 戸惑ってる私に、彼は今度は自分のかき氷を差し出してくる。


「はい、楓花ちゃんもどうぞ」

「え、ええ! でも……」

「いいからいいから、じゃ、はい。あーん」


 そう言ってメロン味のかき氷をすくって、私の口に運んでくれた。


「おいしい! メロン!」


 二人で微笑みあう。

 口の中に広がるメロンの風味。

 なんだかおかしくなりそう。暑さのせいかな。



 時間が経って、辺りもすっかり暗くなった頃。


「楓花ちゃん、こっちこっち」


 私たちは花火を見るための場所を探していた。

 打ち上げ会場は駅前から少し離れた河川敷。

 人混みは避けるために、橋を渡って反対側の河川敷に降りた。


「足元気を付けてね」


 天坂くんはそう言って手を差し伸べてくれた。

 さすが英国紳士。


「そういえば、妹さんたちはお祭りのこと知ってるの?」

「いや、どうだろ。言ってないよ」

「そうなの? どうして?」

「あはは、だって言ったら絶対連れてけって言うじゃん。あの二人がいたらうるさくて困っちゃうよ」

「ふふ、そっか。でもきっと楽しいよね。いつか連れて行ってあげて」

「そうだね。今年は楓花ちゃんと二人がよかったからさ」


 そ、そんなこと……照れるよ。



 花火の打ち上げ地点から離れたところまでくると、人もまばらになっていた。


「天坂くん、花火は初めて?」

「んー、イギリスで見たことはあるよ」

「そうなんだ。日本以外にも花火ってあるんだね」

「うん、でもね……。日本の花火はまた違うって聞くから、楽しみにしてるんだ」


 時間になり、花火が打ちあがる。


 ヒュー、ドンッ!


 夜空に浮かぶ大輪の華。その音は体の芯まで響く。

 隣に天坂くんがいることもあって、私の胸は異常なくらいに高鳴っている。

 息つく暇もない連続花火。しっとりと流れ落ちる柳模様。

 夜空をいろどる数々の花火に、私たちはすっかり目を奪われた。


 何年かぶりに見る花火は、本当に綺麗だった。


「すごいね……ニッポンの花火は」

「うん、キレイだね」

「また、来年も見たいな」

「うん」


 えっ?

 思わず返事をしてしまったけど、それって……。

 それってそういうことなのかな。

 天坂くんがポロっとこぼした言葉に、ニヤニヤが止まらない。

 今、彼に顔を見られたらどうしようって思いながら、空を見上げていた。
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