夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする

告白


「ちょっと、そこ座ろうか」

「うん」


 花火が終わった後、私たちは河川敷の階段へ腰かけた。

 花火が明るく照らしていた夜空も今は闇に溶け、星がまたたいている。


「楓花ちゃん、あのね。最近ずっと会えてなかったから、今日はたくさん話せてよかった」

「……うん、私も」


 思えば二週間ぶりなのに、そのことを全然感じさせないくらいに私たちは自然に盛り上がっていた。


「今日、僕がメッセージ送ろうとした時、楓花ちゃんもちょうどスマホ見てたでしょ」

「うん、わ、わかったの?」

「うん、文字打ってた時さ、やっぱり迷惑かと思って途中で送るのやめようと思ったんだけど、その後で楓花ちゃんの方で吹き出しが出たから……」


 うわあ、しっかり見られてたんだ。

 恥ずかし過ぎて死ぬ!


「あれを見て、あ! 楓花ちゃんも僕と同じ気持ちかもしれない! って思ってさ。やっぱり祭りに誘おうと思ったんだよね」


 天坂くんとシンクロしてた。そのことにお互いが気が付いた。

 なんかもう、胸がいっぱいになる。


「楓花ちゃんが体調悪いって部活を休みにした日、ほんとに心配でさ。気が気じゃなかったんだよね」


 しんみりした声で語る天坂くん。

 そういえば、ウソをついてしまったことを思い出す。


「楓花ちゃんに嫌われちゃったかなって思ったりして、悩んでたらだんだん話しかけづらくなっちゃってさ」

「嫌ってなんかないよ!」


 わかる。わかるよ、天坂くん。ごめんね。私もそうだった。


「そうなの? 部活も急にぜんぜんなくなっちゃったから、どうしたんだろって思ってたんだけど」

「それは……勝手でごめん。ただ、天坂くんの邪魔しちゃ悪いと思って」

「僕の邪魔?」

「うん、だってコンクールの予選、控えてるでしょ? レッスンあるよね……だから……」


 今まで言えなかった言葉を精一杯ふりしぼる。

 精一杯、伝えなきゃ……。

 だけど、だんだんと声がしぼんでいってしまう。


「ああ、うん。コンクール予選はもうすぐだけど」

「うん……だから私といっしょにいると、天坂くんの時間も奪っちゃうし、疲れちゃうとレッスンに集中できなくなっちゃうでしょ……」

「ちょっと待って、どうしてそんな風に考えるの!」


 天坂くんは少しきつめの口調で問いかけてきた。


「楓花ちゃんさ。僕が楓花ちゃんとの部活を何より楽しみにしてたの、気づいてないでしょ」

「え、う、うん。部活を?」

「そう! だって知らなかった日本のことをたくさん学べるし、楓花ちゃんが教えてくれることは全部魅力的で、僕にとってはかけがえのない時間だったんだよ?」


 ただ遊んでるだけの部活にそこまで思ってくれていたなんて、私はまったく気づいてなかった。


「それに、ピアノは集中力が大事っていう意味を楓花ちゃんは勘違いしてるよ」

「え……」

「僕は家に帰ってピアノのレッスンはちゃんとしてる。毎日二時間ほど、その時間は思いっきり集中してやってるんだ」


 二時間。

 ピアニストのことはよくわからないけれど、意外に少ないなと思った。


「ピアノはね、ただ時間をかければうまくなるってわけじゃない。だからレッスン以外の時間は別のことを思い切り楽しむ方が心にもいいんだよ」

「そ……そうだったんだ……」

「だから、楓花ちゃんが僕の時間を奪うとか思うのは誤解だよ」

「うん、うん」


 沈黙がしばらく続いた後、天坂くんが口を開く。


「ごめん、熱くなっちゃって」

「私の方こそ、天坂くんのこと何にもわかってなくて、意味なく避けちゃってた」

「うん、でもよかった。嫌われてたわけじゃないってことがわかったし」


 そこで、天坂くんは咳払いをして背筋を伸ばした。


「その、楓花ちゃん。言いたいことがあって」


 耳をくすぐる甘い声。榛色(はしばみいろ)の瞳。

 天坂くんの雰囲気に一瞬でのまれる。


「うん?」

「楓花ちゃんが好き、僕と付き合ってほしい」

「……えっ」


 頭が真っ白になる。


 ホント、ホントに? 私も好き。天坂くんが好き。大好き。


 今すぐそう吐き出したい衝動にかられる。

 ぽかんとしている私に、天坂くんは言葉を続ける。


「ダメかな?」

「や、その……嬉しいよ。でもどうして私?」

「え、僕、絶対気づかれてるって思ったんだけど、楓花ちゃんと話してるうちにすごく惹かれて、だから部活も楽しみだったってのもあるんだけど……」


 天坂くんは目のやり場に困りながら、話を続ける。


「ごめん、さっき日本のことを学べるからとか言ってたけど、半分以上楓花ちゃんと話すのが楽しみで部活に行ってた」

「えええ!」


 なんだか、信じられなかった。

 嬉しさやら驚きやら、いろんな感情がこみ上げる。

 私も答えなきゃ。ちゃんと言葉にしなきゃ。


「天坂くん!」


 しかし、そこである不安が頭をよぎる。

 待って。

 一条さんは……?

 お似合いな二人。

 天坂くんの好きな人って一条さんじゃないの?


「でも、一条さんは?」

「一条、さん? ああ、一条さん……」


 首をかしげる天坂くん。なんだかピンときてない感じの反応に少し戸惑う。


「一条さんとは、昔から仲良いんでしょ……」

「え、それ、誰が言ってた?」

「え、誰がって、一条さんも天坂くんのことよく知ってるし、二人はもしかして仲いいのかなって」

「いやいやいや、そんなんじゃないよ」

「え?」

「一条さんとは、ママ同士が同じ大学だったってだけで、そんな、ぜんぜん交流とかはないよ」

「ええ? そうなの?」

「あー、子供のころに一度、話したことがあるかな。僕が日本のジュニアコンクールで優勝した時だね。終わってから一条さんのママが来て、僕のママにお祝いの言葉をかけてたね。その時、一条さんは悔しかったのかずっと泣いてたかな」

「そうだったんだ」

「一条さんがどんな風に僕のことを言ってるかは知らないけど、それからは大した接点はないよ。最近よく話しかけられるようになったけどね」


 かなり親しそうに話してるように見えたけど、言われてみれば一条さんにとってはあの絡み方は普通だ。

 なんだか一条さんが大げさに話した内容を、私が一方的に勘違いしていただけだったのかもしれない。


「……よかった」

「なんか、ごめんね。僕がもっとちゃんと楓花ちゃんに話ができてたら……」

「んーん、もういい。もう大丈夫。あのね、天坂くん──」


 私は深呼吸してから、彼の目を見てとうとう口にした。


「私も、天坂くんが好き」


 今まで積み重ねてきた思いが、スッと口から出る。

 言った後で、手が少し震えたが、解放された意識が胸から体全体に広がって自然と笑顔になる。


「ほんと?」


 天坂くんが小さくささやく。


「うん。私でよかったら、仲良くしてほしい」

「ほんとに! やったあ! 両想いだったんだ!」


 子供のようにはしゃぐ天坂くんにつられて、私も思いっきり笑ってしまった。

 ようやく、心の底から笑ったような気がする。


「そうだ! あの七夕の願い事、やっぱり叶うんだね!」


 一瞬なんのことかわからなかったけど、学校の七夕の時に書いた願い事のことだとすぐに理解した。


「あ、天坂くん、なんて書いたの?」

「ニッポンの花火を、好きな子と見たいって書いたんだよ」

「あ、それ!」


 一番気になってた短冊、もしかしたら天坂くんが書いたのかなって思ってたやつは、やっぱりそうだった。


「それ、ちょっと思ってた」

「え?」

「天坂くんのやつかなって、思ってたよ」

「ええ! ほんとに? うわあ……」


 両手で顔を覆う天坂くん。かわいい。


「うわあ、なんか恥ずかしいなあ」


 でも、好きな子がまさか私だなんて、あの時わかってれば避けたりしなくてすんだのにね。

 でも、今はもういいや。


「あれ、楓花ちゃんのお願いは、なんだったの?」

「私は……」


 そう、私の願い事は書いた後に、すぐに叶ってしまった。


「天坂くんのピアノの演奏が聴きたいってことだったの」

「ええ! 僕の、ピアノ?」

「うん、でも天坂くんが送ってくれた動画ですぐに聴けたから、もうかなってるんだよ?」

「そっか……。そうだったんだ。僕のピアノか。嬉しいなあ」

「それは私もだよ」

「じゃあ、今度、楓花ちゃんの目の前で演奏するね」

「ホント! うん、聴きたい! 天坂くんのピアノ!」


 お互いにうなずき合う。


「ねえ、楓花ちゃん。もう一つお願い」

「ん?」

「僕のこと詩音って呼んでくれる?」

「し、下の名前……」

「うん。ダメ?」


 ダメじゃない、ダメじゃない、ダメじゃない!

 何回も呼んだよ。心の中で何度も呼んだんだ。


 心臓が破裂しそうな勢いで、私は静かに叫んだ。


「詩音くん。好き」

「僕も、好きだよ。楓花ちゃん」


 私たちは、互いに抱きしめあった。

 詩音くんの手がそっと頭を撫でる。包み込む。心の中が詩音くんでいっぱいになる。


 叶わないと思ってた本当の願い事が、今夜叶ったよ。


 夏の夜、天の川には、まるで私たちを祝福するかのように星々が輝いていた。



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