夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする
文芸部の日常
「楓花ちゃん、今日も来たよ」
「天坂くん、こ、こんにちは」
部室に入ってきた彼は当たり前のように私の隣に座る。
神経を研ぎ澄ます。
実は心臓がバックバクだけど、あくまで冷静をよそおって返事をする。
無意識に口元がゆるんでないか心配になる。
彼のカッコよさは異常だ。こんな男の子を前にしたら、コミュ力が低い私じゃなくてもガチガチになってしまうと思う。
天坂詩音くんが文芸部に入ってから数日が経った。
その間ずっと、ときめきっぱなし。
人と距離を縮めるのが苦手な私は、彼としゃべることにまだまだ慣れてない。
少しずつ、少しずつだけどお互いのことを話していた。
彼はなんとイギリスからの帰国子女で、日本人とイギリス人の両親の間に生まれた国際児だった。
「今日は何をするの?」
「今日も同じです」
七夕の笹竹を彩る飾りつけ。それを作る作業はまだ半分も終わってない。
私はそばにあった折り紙の山を指差す。
「まだ、あとこれだけ作りますから!」
「ええ! そんなに!」
「はい、天坂くんも文芸部員でしょ?」
「だって……だってまさか部員が二人だけなんて思わなかったからさ」
彼の叫びに、私は耳をふさぎたくなった。
「この量は、なかなかハードだよね……」
「大丈夫です。天坂くん上手だから、助かってます!」
「ホント? まあ楓花ちゃんに褒められたら嬉しいし、がんばろっかな」
男の子に名前を呼ばれるのは慣れてないので、いちいち気が気じゃない。
「それに、部員が二人ってことは、ずっと二人っきりってことだもんね」
ん?
言葉の意味がよくわからず、天坂くんの方を見るとなぜか目をそらされた。
「集中できるってことだよ。あははっ」
なんかごまかされた?
その集中力があればいいんだけど。
作業を始めて三分もしないうちに、集中力の切れた天坂くんが声をかけてくる。
「ねえ、楓花ちゃんって友達いないの?」
「……はい?」
「いや、なんで友達誘わないの、ここに」
「いませんけど」
少しつっけんどんに答える。
「そっか。僕と同じだ」
自嘲気味に笑う天坂くん。
え、同じ?
こんなにパーフェクトな外見なのに友達がいないなんて、信じられない。
なにかやっぱり、出身による壁みたいなものがあるんだろうか。
「なんか。ここに一人でいる楓花ちゃんを初めて見た時、親しみを感じたんだよね」
それは、ぼっちの私に同情したってことかな。
私が首をかしげていると、彼は少し照れくさそうに続けた。
「僕も子供のころ、一人でよく過ごしてたからさ。家でずっとピアノ弾いたりしてね」
思い出にひたる天坂くんの顔を盗み見る。
彼の横顔は妙な色気を漂わせている。
時折漏れてくる吐息を聞くと、心臓が跳ねる跳ねる。
イギリスで生まれ育った天坂くんの体は、ピアノと紅茶と英文学で出来ているみたい。
彼の住んでた家はとても大きくて豪華な、昔の映画や物語に出てきそうな洋館。色は白。たぶんね。
よく手入れがされた広い庭。その一角。
バラに包まれたアーチの先にあるテーブルで、よく一人でお茶会をしていたらしい。
一人でも別に寂しくないのに、執事(セバスチャン的な)が心配そうにやってきては、話し相手になってくれたらしい。
正直、彼の思い出話にはまったく共感できなかったが、いい話をしてる風だったのでとりあえずうなずいておいた。
「実はニッポンにもよく来たことがあるんだ」
「そうなんですか?」
「うん、夏休みになるとよくきたんだ。軽井沢の別荘にね。ニッポンの夏は涼しくていいよね」
「へえ……あの、それっていつの話ですか?」
「プライマリースクールかな」
……。
「小学校?」
「うん」
なんだろう。
要約すると金持ち自慢でしかないんだけど、それを鼻につかない感じで話すことから、彼はそれが普通のことだと思ってる。
私とは住む世界が違いすぎる。
「そ、だから楓花ちゃんも話して。ニッポンの思い出、楓花ちゃんの思い出をもっと教えて」
私の思い出話なんてこうだよ。
蝉の声がうるさい中、汗だくになってプールに行って、帰ってきたら扇風機の前でスイカを食べる。
それでお父さんが風呂上りに裸でウロウロするもんだから……。
はあ、もういいよね……。
「あっははは! おもしろい!」
無邪気に笑う天坂くんになぜかホッとする。
「ねえ、楓花ちゃんのこと、もっともっと知りたい」
さすがイギリス育ち。日本人と違って感情表現がとにかくまっすぐだ。
なんてのんきなこと思ってる場合じゃない。
ずるいよね。
こんなこと言われたら女子のほぼ全員が勘違いするよ。
その後、二人でしばらく作業したが、ずっとドキドキしっぱなしでしんどかった。
でも、結果的には天坂くんが手伝ってくれたおかげで、作業はかなりはかどった。
出来上がったものを見て、思わず顔がほころぶ。
「天坂くん、手伝ってくれてありがとう。まさか一日でこんなに出来るなんて」
「うん、楓花ちゃんといっしょだと思ったより楽しくて、夢中になったよ」
机の上にならぶ様々な飾りは、二人の思いが込められておりなんだか特別なものに見える。
折り紙なんて誰が作っても同じだと思ったけど、私たちが心を込めて作った素敵なものだとハッキリ思えた。
「ね、楓花ちゃん。敬語じゃなくて普通にしゃべってよ。その方がうれしいな」
「あ、は、はい……」
「あれ、”はい”は敬語でしょ?」
「ごめん、つい。わかった。なるべくタメ語で話すね」
「やった! うれしい!」
その後も、天坂くんは毎日のように部室に顔を出してくれた。
イギリス育ちの距離感、一風変わったコミュニケーションの仕方に、私ははじめ戸惑いっぱなしだったが、それも時間が経つにつれて慣れていった。
彼はとにかく自分の気持ちに正直だった。だから楽しい時は楽しいとちゃんと伝えてくれる。
それが私の心にぐいぐいと刺さって、いつしか彼の外見だけでなく、中身にも惹かれていった。
私のクラスは普通科だから、天坂くんの国際科とは校舎も違うため接点はこの部室しかなかった。
だから彼と一緒にいる時間を精一杯楽しもうと思い始めた。