夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする

クラスのアイドル


「えー! マヤって天坂くん知ってるんだ!?」


 教室で天坂くんの名前が出た時、私は思わず耳を澄ました。

 私の席は窓際の一番後ろ、その前の方で一軍の女子生徒たちが何人か固まって喋っていた。

 その中心にいるのは一条(いちじょう)マヤさんという女の子。

 一条さんは、この学校のいわばアイドル的な存在だ。小顔で、目がクリっとしていてとてもかわいい。友人も多くていつもクラスメイトに囲まれている。

 嫌味な感じがなく誰とでも仲良く接してるからまさに完璧女子だと思う。

 私は喋ったことないけど。

 サッカー部やバスケ部のカッコいい先輩たちからも告白されまくるほどモテるらしい。結果、何人の男子生徒が玉砕したかわからないと言われている。

 クラスの男子たちが彼女のことを高嶺の花のように話しているのを何度も聞いたことがある。

 一条さんは合唱部に所属しており、とても綺麗な歌声を持つことでも有名だった。

 友達のいない、何も得意なことがない私なんかとは大違いだ。


「え、天坂くんってイギリスから来たの!?」
「天坂くんってすっごくカッコいいよねえ。家がお金持ちなんでしょー?」
「ピアノもすっごい上手なんだって?」


 女子たちは一条さんを囲んで、口々に天坂くんのことを口にしていた。


「それで、マヤ。天坂くんは合唱部に入るって?」
「さあね。まだわかんない、スカウトしてるところ」


 天坂くんが合唱部からスカウトされていたのは、一条さんの指示だったようだ。

 みんな天坂くんのピアノを楽しみにしているみたいだ。

 なんか気まずいなあ。文芸部に入ったって知ったらみんなどう思うんだろ。

 なんだか悪いことをした気になってしまう。

 天坂くんが文芸部に入ったのは彼の意志だけど、結果的に私と二人きりになっている。

 別に隠すつもりはないが、なんとなくバレなければいいなと思った。



 放課後。

 私と天坂くんは部室で飾りつけの作業をしていた。


「上は僕が付けるよ。まかせて」

「すご、届くんだ」


 七夕用の笹竹に、先日まで作っていた飾りを丁寧につけていく。上の方は背の高い天坂くんが、下の方は私がつけていく。

 彼とはようやく緊張せずに話せるようになってきた。

 しかし、元々コミュ力が低い私としてはやっとスタート地点に立ったに過ぎない気もする。

 何か作業をしてないと、共通の話題もこれといってないからすぐに話が途切れてしまう。


「楓花ちゃん。文芸部って昔はもっと人数いたんでしょ?」

「うん。去年三年生だった先輩たちが卒業していなくなって、今の三年生の代は元々いなかったから、残ったのが私だけになって、それで新入部員も入ってこなかったから……」

「ふーん、新入部員が入ってこなかったのはさみしいね」


 まったくもってその通りで、原因は勧誘に失敗してしまった私にある。


「まあでも、先輩たちから引き継いだ意思、大切にしなきゃって思って、私は一人で続けてる」

「待って待って! 今は僕がいるでしょ?」


 自分で言っててついハッとした。

 そうだよ! 今は天坂くんがいるから一人じゃないんだ。


「けど、先輩も後輩もいないおかげで楓花ちゃんと二人きりになれてるわけだから、感謝しないとね」


 天坂くんはこちらを見ないでボソッと言った。

 それは、どういう意味だろう……。先輩も後輩もいないことは残念極まりないことなんだけど。

 その時、私は時計を見てハッとした。


「あ、天坂くん、ピアノのレッスンあるんでしょ? そろそろ」

「え、今何時?」


 急に振り返った天坂くんはバランスを崩して、私に覆いかぶさるようにして倒れこんでくる。


「きゃっ!」

「っと!」


 押し倒されるような形で天坂くんは私に馬乗りになっていた。


「ご、ごごごめん!」

「……っ!」

「大丈夫? 楓花ちゃん。頭打たなかった?」


 そう言って、天坂くんは私の髪に優しく触れた。

 頭を包み込む彼の手のひらに、胸がキュンとした。


「うん、だい、じょう、ぶ」

「よかった……」


 息がかかるくらいの距離で、互いに見つめ合う。


 そのまま、不自然なほどに流れる時間。

 時計の針が音を刻む。


 その時、廊下を誰かが駆ける音が聞こえた。

 私も天坂くんも、ハッとして立ち上がった。


「あ、ほんとだ。もうこんな時間か」


 天坂くんは時計と私の顔を交互に見て、残念そうな顔をした。


「楓花ちゃんは、まだ残ってやるの?」


 急に素に戻る天坂くん。

 あれ……、緊張してるのは私だけ?


「う、うん、今日であらかた終わらせようかと思って、来週生徒会のチェックが入るから」


 今日は金曜日で土日をはさむため、実質今日のうちに作業を終わらせたかった。


「そっか。じゃあ、まだいるんだね。いつも何時頃までいるの?」

「わかんないけど、大丈夫だから。私のことは気にしないで先あがって」


 そう言うと天坂くんは少し険しい表情を見せた。


「いや、そんなわけには……。あまり遅くなるとよくないって」

「え、どうして?」

「だって……帰り道に楓花ちゃんに何かあったら心配だし」

「大丈夫だよ。大げさだなあ。てか今は日が長いから全然暗くならないし」

「いやいや、そうじゃなくて、わかってないよ楓花ちゃんは。もう……」


 私のことを子供扱いして、少し不満そうにつぶやく天坂くんがなんだかおかしかった。


「気にしないで行って、天坂くん」

「わ、わかった。じゃあこうしようか。連絡先教えて」

「えっ!」

「楓花ちゃんが心配だから、あとで無事に家についたら、連絡してほしいな」


 そんなわけで私たちは互いに連絡先を教え合った。

 そして、天坂くんは満面の笑みを浮かべながら帰っていった。


 どうしよう。天坂くんと連絡先交換しちゃった。


 初めて入る異性の連絡先。


 そして先ほどの、私の頭を撫でる天坂くんの手の平の感触。

 思い出しながら彼に触れられた髪を撫でる。

 結局私はそのあと作業もおろそかに、今日の出来事を振り返っていた。



 なんとか作業を終わらせて家に帰り、メッセージアプリを開く。

 連絡先の【天坂詩音】の文字を見て心が躍る。

 連絡した方が、いいよね。やっぱり……。

 男の子とのやりとりは初めてだったから、メッセージを送るのはかなり緊張した。でも送らなければ心配させてしまうことになるから、覚悟を決めた。


『天坂くん、お疲れ様 今おうちに着きました 心配してくれてありがとう』


 なんかかたい文章だと思いつつも、とりあえずこれで送信してみる。

 すると、返事がすぐに返ってきた。


『楓花ちゃん 無事に家についたんだね よかった また来週学校で会うのを楽しみにしてるよ』


 意外とあっさりとした返事に、なんて返そうか迷う。

 待って、これって返すべきじゃないのかな?

 男の子とこんなやり取りをすることは初めてなので、どこまで返すべきなのか判断がつかない。

 でも、まだ一往復しかしてないんだから、さすがに返してもいいのかな。

 そうやって迷っている間にも時間がどんどん過ぎていった。

 ご飯を食べた後も、お風呂に入った後も、もんもんと迷い続け、やっぱり何か送ろうと思った時には夜十一時をまわっていたため、今夜はあきらめることにした。
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