夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする

七夕の夜


 七月七日、金曜日。今日は七夕だった。


「古賀さーん。ちょっといい?」


 休み時間に一人で席にいると、一条さんが近づいてきた。周囲には誰もいない。


「うん、な、なに?」


 ぎこちなく返事をする私に対して、一条さんはいつも通りの余裕のある笑みをたずさえている。


「ね、古賀さん、文芸部だったよね。天坂詩音って子いるでしょ?」


 急に天坂くんの名前を出されて、ピッと背筋が伸びる。


 とうとう……。


 一条さんは天坂くんが文芸部に入ったことを知ったようだ。

 もしかして部員が私と天坂くんの二人だけということも知ってるんだろうか。


「う、うん。天坂くん、わかるよ」

「だよねえ。だって部員二人なんだもんね」


 やっぱ知ってた。なんか、気まず。


「知ってる? 詩音の家ってお金持ちなんだよ。いつも高級車で送り迎えしてもらうくらいのお坊ちゃんでさ。ピアノも専属の家庭教師が子供のころからついてるらしいよー」

「う、うん」

「詩音のピアノすっごいんだよ躍動感が!」

「そうなんだ。すごいね……」

「古賀さん、よかったじゃん。詩音が入ってさ」

「うん。これで活動の幅が広がるから……よかったかなって」

「うんうん、そうだよねえ。ほんとはさ、詩音には合唱部でピアノ弾いてもらいたかったんだけどさ。うまくいかないもんだよねえ」


 天坂くんのことを語る一条さんはとても嬉しそうだ。彼を合唱部に勧誘したがってるというだけではない。それ以上に彼のことをどう思っているのかが伝わってくる。

 その気持ちは本気なんだろうな。

 一条さんはガッカリしたように視線を床に落とした。


「あ、別に古賀さんのせいじゃないから! 気にしないで」


 そう言って、もう話は終わりとでもいうように、プイっと席に戻っていった。

 放課後までの間、ずっと一条さんの事情聴取が気になっていた。


 正直どうにかなりそうだった。



 放課後。

 なんか部室に行く気が起きなくて、授業が終わると同時にすぐに帰った。

 帰り道、どんよりとした雲が身体中にのしかかる。

 天坂くんに連絡しなきゃと思っていたところにちょうど向こうからメッセージがきてしまった。


『楓花ちゃん、まだ授業終わってないの?』


 これ、部室の前から打ってるのかな。

 私がぐずぐずしてたばっかりに。

 あーもう。

 悪いことしちゃったなあ。


『ごめん。体調悪いから帰るね。今日は部活無しで』


 そう返すと、すぐに返事がくる。


『ええ! 大丈夫? 心配だなあ。部活はなしね。わかった』


 本当にこう思ってて、心配してくれてる姿がありありと目に浮かぶ。天坂くんに会えない寂しさと、ウソをついてしまった後ろめたさで気持ちがよどむ。


 話したい。けど話したくない。

 けど、わかってほしい。


『私は大丈夫だよ。ピアノのレッスン頑張って』

『うん、頑張るよ! また来週』


 ”また来週”

 私もそう返そうとして、とまどってしまう。

 勝手に悩んで、ウソまでついて、どんな顔して会えばいいの──。



 そういえば、来週は期末テスト期間だ。元々部活はやらないつもりでいたことを思い出した。


 よかった。これで言い訳ができた。


 なんて返そうか迷いながら、結局家についてしまった私は、気を紛らわすためにテスト勉強に集中した。



 その夜、窓から星を眺めようとしたが空は曇っており月さえも見えなかった。

 梅雨がまだ明けてないらしいので仕方ない。


 今夜は七夕。

 想いあった男女が一年に一度、会うことを許された日。

 けれど私には特に何もない。

 当たり前だ。何もしなかったのは私の選択なんだから。

 天坂くんも今同じようにこの曇り空を眺めてるのだろうか。
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