夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする
すれ違い
土日はずっと家にこもりっぱなしだった。
だらだらとテスト勉強をしつつも、天坂くんのことが気になって気になって仕方ない。
メッセージを送ろうかと、スマホを開く。
何かメッセージが来てないかちょっぴり期待しながらも。
ずっと。
ずっと、その繰り返しだった。
週明けの月曜日。今週は期末テスト期間だ。
お昼休みに、お互いテスト勉強に集中するために部活はしないという連絡のメッセージを天坂くんに送った。
その後、教室を出て廊下を歩いていると遠くに天坂くんの姿が見えた。
うっそ! どうしてここに!
国際科の天坂くんが普通科の校舎に来ることなんてありえない。初めてのことだ。
天坂くんはたくさんの女子生徒の注目を集めている。廊下を歩く彼の姿はまるでランウェイを軽やかに歩くモデルのようだ。
こっちに気づいてくれないかなと思っていると、一条さんが天坂くんに声をかけているのが見えた。
なんで。
私は固まった。
ハッとして、とっさに廊下の角に隠れてしまう。
どうしてこんなに胸が締め付けられるの……。
別に、天坂くんと一条さんがしゃべってる。それだけのことなのに。
その後の授業は、あっという間に終わった。内容は全く頭に入ってない。自分でもびっくりだ。
放課後、部室には顔を出さなかったが、その日は天坂くんからの連絡もなかった。
その後もずっと、天坂くんを避けるような生活を続けた。休み時間は校内をウロウロせず、授業が終わったらすぐ帰る日々。
そうして期末テスト週間は終わった。
また、同じような土日が終わり、そして、月曜日がやってきた。
今週で学校の授業は終わり、週末からは夏休みに入るため教室内は浮足立っている。
夏休みの予定や、部活の大会日程を話す声がそこら中から聞こえていた。
休み時間になると、一条さんが近づいてきた。彼女の顔に感情は一切ない。
「古賀さん、もうすぐ夏休みだねえ」
「え、夏休み? うん」
話が見えない。
別に一条さんとは友人でもないし、夏休みについて話すことはない。
「そういえば、文芸部は何か予定あるの? なにかの大会とか」
「ん、どうだろ。特にない、かな」
ないことはないけど、発表するための創作活動もしてないので夏休みの予定は特にない。
「ふーん、まあ部活あったとしても、詩音は無理かもね。ほら、夏休みってあいついろいろ大変だからさ」
「え?」
「あれ、知らない? 秋にある国際ピアノコンクールの予選、八月からあるんだよ? だからレッスンとかいっちばん忙しい時期だろうねー」
「そ、そうなんだ。出るのかな天坂くんも」
「あれ? そりゃあ、出るでしょ」
「そっか。そうだよね。ピアノ上手だもん」
「うんうん。あ、古賀さんは聞いたことあるの? 詩音のピアノ」
一条さんの目の色が変わる。
「うん、ちょっとだけ」
「ふーん」
彼女はじっとりと視線を向けてくる。
「ま、詩音は夏休みはピアノ漬けだと思うからさ、文芸部が大して活動しないんならあいつにとってはその方がいいかもだよね」
「そうだよね……。うん。ピアノの方が大事だもんね」
私はうなずきながらも、一条さんの言葉に少なからず動揺していた。
どうして彼女は天坂くんのことをそんなに知ってるんだろう。
悔しい。
一条さんに比べて、私は天坂くんのピアノがどれだけすごいか実はよくわかってない。
でも、たしかに天坂くんのあれだけの才能、文芸部のような適当な部活で時間をつぶしてる場合じゃないのはもっともな気がする。
天坂くんのことを考えたら、夏休みの部活はしない方がいいのかもしれない。
「ピアノって集中力が大事なんだよねー。だからレッスン以外の時は極力休んでたほうがいいみたいなこと聞くし。古賀さんもイヤでしょ? 詩音が結果出せなかった時にいろいろ言われたりしたらさ」
もしもコンクールで結果がよくなかったとしたら、文芸部に入ったせいだと言われるのだろうか。
一条さんのクリっとした大きな目、その視線が私に突き刺さる。
彼女がなんだか私のことをよく思ってないのが、ひしひしと伝わってくる。
「これ以上詩音に近づくことは、ゆるさないから」
そんな言葉が聞こえてきそうなくらいの迫力が、彼女の表情から伝わってくる。
放課後、部室に向かうと、天坂くんが廊下で待っていた。
「天坂くん! どうして?」
「どうしてって、今日からまた部活でしょ?」
当たり前のようなカラッとした笑顔。
正直すごいなって思う。
先週一度も顔を合わせてないのに、なんだかすんなりと日常が戻ってきた気分だった。
久しぶりに見た天坂くんはやっぱりカッコいい。
なんだかずっともやもやしていた気持ちが少し晴れて、私はホッとした。
「え、夏休み部活ないの!?」
天坂くんの声が部室に響く。
「うん、ほら……暑いしさ」
「いやここ、クーラーあるじゃん」
「そうだけど……学校まで来るのが暑くて面倒でしょ?」
「……。楓花ちゃんなんかいつもと違くない? いつもの部活にかける情熱はどうしたの?」
「え、ええ? そんなのあったっけ?」
「それは……冗談だけど」
「あはは。でも、天坂くんも忙しいでしょ?」
「ん、んー、レッスンがあるくらいかなあ」
「コンクール予選も、あるんだよね?」
「ん、あるよ。あれ、言ったことあったっけ?」
「いや、あるのかなーって、じゃあやっぱりピアノに専念しないとだよね」
「別に、ずっとピアノさわってるわけじゃないしなあ。それでさ」
「ん?」
「楓花ちゃんは夏休み何かあるの?」
「うん? うーん、あるっちゃあるけど」
夏休みの宿題とか、ずっとサボっている部屋の掃除とか、そんなことしかないけど。
「どこか、旅行とか行くの?」
「んーん」
「誰かと遊びに行く予定は?」
「……残念だけど、ないよ」
「そっか。うん、うん」
天坂くんは一人で何かを納得している。何を聞きたかったのかいまいちわからなかった。
「あ、そろそろ時間だ。楓花ちゃん、いっしょに帰らない?」
「うん、ちょっと、ちょっと課題があるから残ってやってくね。先にあがって」
「そか、おつかれ」
いっしょに帰ってるところを一条さんに見られたらって思うと不安になって、またウソをついてしまった。
ホントはいっしょに帰りたかったが、私なんかと他愛もない話をすることで、天坂くんの時間と集中力をさらに奪うことにもなる。そうすると彼に迷惑がかかる。
結局、その週も火、水、木と何かと理由をつけて部活をやらなかった。