夏の宵、英国帰りのイケメン王子とキセキのような恋をする
流れ星
そして迎えた金曜日。
いよいよ明日からは夏休みだ。
放課後、私は帰り支度をしていた。
今日の部活はどうしようか。一日中ずっと迷っていた。
これが天坂くんに会える最後の機会だ。夏休みに入ったら、たぶん会うことはない。
「天坂くんだ!」
その時、誰かがそう叫んで教室が湧いた。
教室の入り口を見ると、そこにはキョロキョロと中を見回している天坂くんの姿があった。
彼は私に気が付くと、嬉しそうに眉を上げた。
流れ星がキラリ。私の気分はいっきに上がった。
そして、天坂くんは遠慮しながらも教室に入り、私の席の方へと向かってくる。
彼の姿は教室中のみんなの視線を集めている。
「やっほー、詩音! 久しぶりー!」
その時、私の席のはるか手前で一人の女子生徒が天坂くんに声をかけた。
一条さんだ。
「ん、ああ」
突然声をかけられた天坂くんは歩みを止めて、一条さんに顔を向ける。
星は堕ちた。
そっか……。
こっちの方へ向かってきたから私に会いに来てくれたのかと期待したけど、勘違いだったみたい。
その時、天坂くんが一瞬だけ私の方を見た気がした。なんだか戸惑ってる様子の彼に一条さんは矢継ぎ早に話しかける。
「なになに? どしたの? 誰か探してる?」
「あー、いや、その──」
詩音くんが何か言おうとするも、声の大きい一条さんはそれにかぶせるように話し始める。
それに合わせて女子生徒たちが二人を囲い込む。
二人の会話はできれば聞きたくないけど、教室内にいるとイヤでも聞こえてしまう。
「そうそう、詩音はさ。コンクールの予選の自由曲って決めたの?」
「んー、まだだよ……」
一条さんは詩音くんとピアノコンクールの話をしているようだ。周囲の女子生徒たちも次々と天坂くんに話しかけている。
「ねーねー、マヤと天坂くんとどんな関係なの?」
一条さんのそばにいた彼女の友達が、二人の関係を尋ねる。
「あたしと詩音はなんていうか、子供のころからのライバル的な? ほら、あたしも昔コンクール出てた時あったからさー」
「えー、すごーい! じゃあライバルだったの?」
「腐れ縁ってやつだー」
一条さんもピアノをやっていてコンクールに出てたなんて、初耳だった。
「別にー、そんなんじゃないってー。でも詩音がこの学校に来た時はビックリしたよ。ねえ、詩音もそうでしょ?」
「そ、そうだね。まさか一条さんがいるとは思わなかったよ」
一条さんと詩音くんの、漫画みたいな関係に教室中が盛り上がっていた。みんなが二人の話に興味津々だ。
私はいてもたってもいられずに、教室を出た。
私はバカだ。
唇をかみしめながら廊下を早歩きで突き進む。
一条さん、詩音くんととてもフレンドリーに話してた。二人は子供のころからの長い付き合いなんだ。
そこに私の入る余地なんかない。
そうだ。何を勘違いしてたんだろう。最初っからそうじゃん、私と詩音くんは元々住む世界が違うんだから。
天坂・ベンジャミン・詩音。
いつか聞いた詩音くんの本名。
英国生まれで触れてきた文化も違う。両親はエリートで家はお金持ちで、将来は世界で活躍するピアニストになるだろう。
そんな男の子と、ただのフツーの女子高生の私が釣り合うわけないじゃん。
「バッカみたい!」
視界がにじむ。
帰り道、こらえきれない想いが次々と溢れた。
そして、夏休みが始まってしまった。