水槽に沈む
「もう昼過ぎてる。休憩にしよう? 素麺ならあるんだけど、食べる?」

「え、や、そんな、申し訳ないよ」

「気にしなくていいよ。親からも友達と食べていいって言われてるから」

「……そ、それじゃあ、あの、いただきます」

「うん。持ってくるからここで待ってて」

 ノートや筆記用具を机の下にまとめて置いた直輝が腰を上げる。手伝おうかと思ったが、二階に上がる前のように断られる予感がし、歩夢はお礼以外の言葉を口にはしなかった。

 部屋を出る直輝を見送って、私物をとりあえずバッグに押し込み机を綺麗にする。歩夢は一人になった部屋で冷房の涼風を浴びながら、徐に水槽に顔を向けた。一匹の金魚。一匹しかいない金魚。

 直輝は金魚を増やす予定はないのだろうか。今年の夏祭りで金魚掬いがあれば、またやるつもりでいるだろうか。

 清潔に保たれた水槽の中を独占している金魚がどう思っているのかは知る由もないが、水中に一匹だけしかいないのは寂しそうだと、金魚の気持ちを想像して決めつけてしまうのは人間のエゴでしかない。

 実際のところ、自分を大事に飼育してくれる人に掬ってもらえて、案外金魚は満足しているかもしれない。掬われなかった他の金魚に対して、優越感のようなものすら覚えている可能性だってあった。

 しかしながら、それらは何もかも歩夢の想像であり、憶測である。その域を出ることはないため、どれも正解であり不正解であった。

 歩夢は今一度金魚を観察しようとその場を立ち、水槽に近づいた。ヒレを動かして元気に泳ぐ金魚を目だけで追う。

「直輝くんの微笑みを君は見てるんだよね。いいな。俺にも見せてくれないかな」
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