水槽に沈む
 金魚に向かって思わず吐露してしまうと、時間差で恥ずかしさに苛まれた。顔に熱が集まる。何を言っているのだろう。何を願っているのだろう。金魚に話しかけたとて、願望が叶うはずもないのに。

 歩夢は顔の熱を冷まさせようと手でぱたぱたと仰いだ。金魚は一人で喋って一人で赤面する歩夢のことなど眼中にないかの如く、ゆらゆらと水中を回り続けている。直輝の本音も、歩夢の本音も、知っているのはこの金魚だけに違いない。

 赤くなった顔の熱が次第に落ち着き始めた頃、部屋の外で人の気配がし、扉が開いた。言わずもがな、直輝であった。盆を手にしている。その上には、長方形の容器だったり底が深めの皿だったり、食事をするのに必要なものが載せられていた。それから、歩夢が買ってきた二つのアイスも一緒に。

「……歩夢くん、また、金魚見てたの?」

「う、うん。一匹だけしかいないみたいだし、増やす予定とかないのかなって……」

「ないよ」

「……な、ないの?」

「うん。俺が閉じ込めたいのは、一人だけだから」

「閉じ込めたい……? 一人……? え、今は、金魚の話をして……」

「うん、分かってるよ」

「や、だ、だったら……」

「歩夢くん。その金魚はね、歩夢くんなんだよ」

「え……、お、おれ……?」

 いきなりのことに、全くもって話が読めなかった。会話が成り立っているようで少しも成り立っていないと感じてしまうほどに、直輝の言葉が歩夢の理解の範疇を超えている。冗談を言っているのかと思ったが、直輝は冗談を口にするような人ではないし、表情も動作も視線も、そのどこにも、ふざけているような節はなかった。
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