水槽に沈む
 机の上に盆を置き、容器や皿を配置する直輝を困惑気味に見つめてしまう歩夢を見かねたのか、床に膝をついていた直輝が再び立ち上がった。歩夢の側まで寄り、水槽の中の金魚を見下ろす。そして、直輝はゆっくりと唇を開いた。

「この金魚を、俺は歩夢くんだと思いながら育ててきた。歩夢くんを狭い水槽の中に閉じ込めて、毎日愛情を注いで。最終的には、俺がいないと生きていけなくなるようにさせる。歩夢くんに俺以外は必要ないし、俺も歩夢くん以外必要ないから」

「え……、い、意味が……、そ、それは、どういう……」

 饒舌に喋る直輝の台詞の意味が、やはり咄嗟には理解できず、困惑が混乱に変わっていく。流れがおかしな方へ向いていた。言い知れぬ不穏な空気に包まれていた。歩夢は目を泳がすばかりで、言いたいことも聞きたいことも何も口にできない。

 それでも、身体の反応は正直で、直輝の一方的な物言いに、歩夢の心臓は早鐘を打っていた。冷めかけていたはずの熱がぶり返すのが分かる。

 制御できるはずもなく紅潮してしまう顔を、歩夢は手で隠した。すると、その手を直輝に掴まれ、あっという間もなく顔の前から退けられてしまう。不意の接触に肩が跳ねた上に、歩夢のパニックに拍車がかかる行動であった。自分の心音が、あまりにも近い所で聞こえている。

「分からないなら、分からせるよ。だから、触れていい?」

「え、あ……、も、もう……、ふれて……」

「うん、触れてるね。じゃあ、もう、いいよね?」

「い、いい、って、なにが……」

 予期せぬ事態に吃り、たじたじになる歩夢を無視する直輝が、間髪を入れずに歩夢の唇を奪った。突然のことに目を見開く歩夢は反応が遅れる。抵抗しなければと思った時には既に、後頭部を引き寄せられ無理やり舌を差し込まれていた。
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