水槽に沈む
 直輝とは似たような体格であるはずなのに、歩夢の手はなぜか直輝を押し退けられなかった。それは、直輝に唇を犯されていることを、本気で嫌だとは思っていないからかもしれない。歩夢は直輝のことを、好いているのだから。

「……これで、理解できた?」

 一頻り歩夢の口内を弄んだ後で、煽るように唇を離した直輝が歩夢を見つめる。歩夢はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にさせ、手の甲で唇を押さえながら顔を背けてしまった。生々しい舌の感触が消えてくれない。

「……歩夢くん、まだ、分からない?」

「あ、え……、や、ま、まって、まって、わかった、わかった、から」

「本当?」

「う、うん。ほ、ほんと、ほんとだから」

 余裕がないせいで質問に答えられなかった歩夢を見て、まだ分かっていないと勘違いしてしまったらしい直輝がまた攻めようとするのを歩夢は必死で阻止した。もういっぱいいっぱいだった。情報過多で、尚且つそれが渋滞しているために、これ以上は限界だったのだ。一つ一つ整理して捌いていかなければ、頭の中がパンクする。覚えたばかりの漢文の語句の意味だったり画竜点睛の内容だったりを忘れてしまいそうになる。

 歩夢は一歩下がって直輝と少し距離を取り、冷静になろうと深呼吸を繰り返した。終始涼しげな直輝は歩夢の心中など知る由もないだろう。直輝曰く、歩夢だという金魚を鑑賞し、マイペースな動作で、簡単な昼食の準備が成された机の前に移動する。未だ混乱している歩夢は、直輝の発言をぐるぐると反芻していた。

 閉じ込めたいのは一人だけ。金魚は歩夢。そう思いながら飼育していた。水槽の中に閉じ込め、毎日愛情を注ぎ、直輝がいないと生きていけなくなるようにさせる。歩夢に直輝以外は必要なく、直輝も歩夢以外は必要ない。分からないなら、分からせる。
< 16 / 18 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop