水槽に沈む
 直輝のそれはまるで、行き過ぎた思想のようだった。その対象が、他でもない歩夢である。歩夢もまた、直輝に矢印を向けている。愛の重さには随分と差があるように思えるが、想いの方向は重なっていると言えた。だからこそ、直輝の重みを感じる愛情を知っても、驚愕のあまり混乱するばかりで嫌悪することがなかったのかもしれない。

 いつも冷静で落ち着きがあり、ミステリアスで不思議な雰囲気を纏っているその裏で、金魚に歩夢を投影し、閉じ込め、歩夢以外は必要ないと断言してみせるほどに、ドロドロとした欲を隠し持っていたことなど、今の今まで知りもしなかった。

 一人で考え込む時間を設けたことで混乱から抜け出した歩夢は、今度はふわふわとした高揚感に包まれた。自分と直輝はつまり、両想いなのではないか。思っても見なかった収穫に歩夢は鼓動が高鳴る。

 こっそりと直輝に視線をやると、偶然なのか何なのか、こちらを見ていたらしい直輝としっかり目が合った。微かに口角を持ち上げられる。心臓が跳ねた。狡いと思った。今までそんな表情は見せてくれず、ずっと見たいと願ってはいたものの、それがこのタイミングだなんて、狡いと思った。直輝は全部分かっていて、分かっているから、わざと、沼らせようとしている。歩夢は泥沼に、片足を突っ込まされたのだ。

「歩夢くん、素麺、食べよう。これが終わったら、歩夢くんが買ってきてくれたアイスを食べよう」

 温度の変わらない声色で、直輝は歩夢を呼び寄せる。直輝の態度にほとんど変化はないが、それでも確実に、少し前の純真な関係性ではなくなっていると感じた。歪みに気づいてしまったら最後、もう見て見ぬ振りはできない。
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