水槽に沈む
歩夢は直輝に引き寄せられるように元いた場所に戻り、直輝と向かい合った。何もかも準備されている。歩夢がすることは、食べることだけだ。割り箸を手に取る直輝を見て、歩夢も自分の前に置かれていたそれを手に取った。いただきます、と声を揃え、同じ食べ物を口にする。
「歩夢くん、さっきのキスはね、画竜点睛だよ」
「……使い方、間違ってる、と、思う」
「そうだね。まだ、完璧じゃないから」
直輝が素麺を啜り、噛み、飲み込み、そして、歩夢を見た。空気が淀む。重くなる。歩夢は得体の知れない何かが自分に絡みつくのを感じた。直輝はこれほどまでに、暗い目をしていただろうか。これが、直輝の本性なのだろうか。
「歩夢くん、早く、俺がいないと生きていけなくなってね。絶対、そうさせるからね」
まるで光のない目に見つめられ、歩夢は上手く言葉を発せなくなる。直輝の執着とも取れる言動に恐怖を抱くよりも、他の誰もいらないといった偏った思考を持つほどに想われていることに、歩夢は快楽のようなものを覚え始めていた。この心地よさを覚えてしまったら、もう。
水槽に、目を向ける。金魚が、泳いでいる。歩夢が、泳いでいる。瞬きを、する。瞼を閉じて、開く。その刹那、水槽の中で、眠るように沈んでいる自分の姿が、はっきりと見えたような気がした。きっと、もう、自力では、浮遊できそうにない。
END
「歩夢くん、さっきのキスはね、画竜点睛だよ」
「……使い方、間違ってる、と、思う」
「そうだね。まだ、完璧じゃないから」
直輝が素麺を啜り、噛み、飲み込み、そして、歩夢を見た。空気が淀む。重くなる。歩夢は得体の知れない何かが自分に絡みつくのを感じた。直輝はこれほどまでに、暗い目をしていただろうか。これが、直輝の本性なのだろうか。
「歩夢くん、早く、俺がいないと生きていけなくなってね。絶対、そうさせるからね」
まるで光のない目に見つめられ、歩夢は上手く言葉を発せなくなる。直輝の執着とも取れる言動に恐怖を抱くよりも、他の誰もいらないといった偏った思考を持つほどに想われていることに、歩夢は快楽のようなものを覚え始めていた。この心地よさを覚えてしまったら、もう。
水槽に、目を向ける。金魚が、泳いでいる。歩夢が、泳いでいる。瞬きを、する。瞼を閉じて、開く。その刹那、水槽の中で、眠るように沈んでいる自分の姿が、はっきりと見えたような気がした。きっと、もう、自力では、浮遊できそうにない。
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