このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
今頃沙織の頭の中は大好きな俳優のことでいっぱいのはずだ。
お嬢様育ち、そして突飛な性格で周囲を驚かせることは多いが、自分軸で素直に生きている沙織が羨ましい。
大我を相手にしても飄々と振る舞い、気付けば誰も傷つけず自分の思いを貫いている。
不満を抱えながらも大我という窮屈な籠に囚われ続けて生きている自分とは大違いだ。
美汐は改めて自分の情けなさを自覚して、小さくため息を吐いた。

「今日は無理だが、もしも興味があるなら君にもミュージカルの席を用意しようか?」
 
柊の固い声に、美汐はハッと視線を上げた。
ため息に気付かれたようだ。

「いえ、すみません、そうじゃないんです。母の頭の中はもう推してる俳優さんのことでいっぱいで、お見合いのことは忘れてると思うとがっくりきちゃって」
 
柊に気を使わせたかもしれないと、美汐は慌てて答えた。

「そう。もしも行きたいなら用意できるから、母に言ってくれればいい」
 
柊の言葉に、美汐はわずかに気落ちする。
興味があれば、柊ではなく紫乃に頼んでほしいということだ。
今後美汐と連絡を取り合うつもりはなく、見合いにも乗り気ではないと遠回しに伝えたのだろう。
やはり紫乃の押しの強さに逆らえず、渋々この場に顔を出しただけなのだ。

「大丈夫です。でも、お気づかいありがとうございます」
 
美汐は一瞬落ち込んだもののすぐに納得し、同時に気持ちが軽くなったような気もした。
世界的企業の次期後継者という重責を背負う大人の男性が、世間知らずで恋愛経験もない、しかもまだ大学生の自分を相手にするわけがない。
おまけに今の自分は打算ばかりだ。
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