このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
柊もそれを無意識に見透かしているのだろう。
ここに来るまでは見合いを成功させて柊と結婚し、千早不動産に入社しようと意気込んでいたが、冷静になればそれは無茶な話だとわかる。
今日顔を合わせてから、柊が心からの笑顔を見せないのがその証拠だ。
千早不動産への入社の件は、別の方法を探った方がいい。
大我を説得しなければならないことを考えると気が重いが、それに柊は関係ない。

「どのお料理もおいしそうですね」

自分の事情に柊を巻き込むわけにはいかないと、美汐は明るく声をあげた。
せっかくおしゃれをして素敵な場所に来ているのだ、このひとときだけでも面倒なことを忘れて楽しもう。
美汐は落ち込む気持ちを胸の奥に納め、気持ちを切り替えた。
目の前に並ぶのは、魚料理をメインにした和食の数々。
沙織から事前に聞いた話では、昼営業のみ一日十食の特別定食だそうだ。

「俺はこの天ぷらが食べたくて、ここによく来るんだ」
 
ふたりきりになり気を使っているのか、柊の声音が幾分和らいでいる。

「天ぷら、私も大好きなんです」
 
美汐は声を弾ませた。
大きな竹籠に、たくさんの天ぷらが盛り付けられている。
白身魚や海老、野菜やキノコ。紅ショウガが彩りを添えていて、盛りだくさんだ。

「この海老すごく大きいですね。それに舞茸もおいしそう。なかなか自分でうまく揚げられなくて。いつもがっかりするんです」
 
どこに嫁いでも恥ずかしくないようにという大我の方針で、美汐は子どもの頃から料理をたたき込まれてきた。
料理教室に通うのはもちろん、今も萩野に教わりながら料理の腕を磨いている。

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