このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
そう口にしながら、美汐はその言葉が本心だと認識する。
柊の仕事への真摯な思いに触れ、彼が見た目だけでなく人としてとても魅力的だと知ったからだ。
人の役に立ちたい。
中でも子どもたちのために力を尽くしたい。 
柊から刺激を受け、その思いがいっそう強くなる。

「卒業後は葉山製薬で働くの? お兄さんも入社しているって母から聞いてるけど」
「いえ、それは」
 
美汐は視線を泳がせ言葉を濁した。
希望通りの新しい環境で誰かの役に立つためには、この先待ち構えている大我という高い壁を乗り越えなければならない。
柊との会話で今の今まで沸き立っていた気持ちが一瞬で鎮まり、現実を思い出す。

「家業とは別の道に進むの?」

まぶたを伏せた美汐に、柊は訝かしげに声をかける。

「実は」

今後会うことがないのなら、柊に打ち明けても問題はないだろうと思い、美汐はおずおずと口を開いた。

「葉山製薬に入社するつもりはないんです」
「そう」
 
意外にも柊はとくに驚いた様子もなく、あっさり頷いた。
美汐は気が軽くなり、言葉を続ける。 

「私、小さな頃からショッピングモールを楽しんでいる家族連れが羨ましかったんです。私は両親が忙しくてそういう機会がなくて、兄がたまに連れて行ってくれた程度で。だからショッピングモールは憧れの場所で、いつか自分もそこに携われる仕事に就きたいと思うようになったんです。少しでも夢に近づきたいと考えて、独学で宅建士の資格も取得しました」

千早不動産への入社に少しでも有利になればと思い、昨年宅建士の資格を取得したのだ。

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