このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
「もちろん製薬会社の存在意義は理解していて父や兄の仕事ぶりは認めています。でも自分は別の業界に興味があるので父の会社に入るつもりはないんです」
 
見守るようにゆったりと耳を傾けている柊の視線に力を得て、美汐はつたないながらも思いを口にする。

「だから、千早不動産の採用試験を受けて内定をもらいました」

柊は小さく息をのむ。ここでその名前が出てきて驚いたのだろう。

「千早不動産か。夢を叶えるには最適の企業だな」

驚きを隠さない柊に、美汐はぎこちない笑みを浮かべる。

「はい。ずっと目指していた企業なので、まだ夢を見ているみたいです」

業界最大手の人気企業だ、倍率も相当高かったはずで、美汐の大学でこれまで千早不動産に入社した卒業生は数えるほどしかいない。
人一倍努力したという自負はあるが、内定をもらえたのは奇跡に近い。

「だったら卒業後は千早不動産で夢を叶えるんだな。おめでとう」
「それは」

美汐は一瞬口ごもり、力なく笑う。

「そう簡単にはいかないんです。実は父が認めてくれなくて、困ってるんです」
「お父さんが反対してるのか?」

柊の問いに、美汐は苦笑する。反対というような生やさしいものではなく、美汐の意志など無視で頭から押さえつけていると言った方が正しい。

「父は私を葉山製薬に入社させるつもりなんです。少しでも会社の役に立てと言って、千早不動産のことはまともに話も聞いてくれません」

大我ならこの見合いの結果次第ですぐにでも内定辞退の連絡を入れかねない。
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