このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
美汐は弱気な自分に気合いを入れ大きく頷くと、そのままの勢いで門扉を開いた。



「ただいま。……え」
 
玄関に足を踏み入れてまっ先に目に入ったのは、手入れが行き届いた大我の黒い革靴だ。
まるで美汐の帰宅を待っていたかのような存在感を見せつけ、艶やかに輝いている。
この靴がここにあるということは、大我がすでに帰宅しているということだ。
普段なら日付が変わる頃にしか帰ってこない大我が、今日に限ってこんな早い時間に帰っているとは想定外。
心の準備がまだできていない。
気合いを入れて家に入ったというのに、たちまち気持ちがくじけてしまう。
大我は国内最大の売上げを誇る製薬会社葉山製薬の社長で、多忙な毎日を送っている。
帰宅が遅いだけでなく国内外問わずの出張も多く、一週間やそれ以上顔を見ないことも珍しくない。
 美汐は長い廊下の先にあるリビングに、恐々と視線を向けた。

「美汐ちゃん? お帰りなさい」
 
母の沙織が美汐の帰宅に気付き、リビングから顔を覗かせた。
ニットのサマーセーターがよく似合い、朗らかな笑みを浮かべている。
今日は切迫早産で入院している美汐の義姉の若菜の見舞いに行くと言っていたが、帰っていたようだ。

「ただいま」
「すごい荷物ね。美汐ちゃんがそんなに買物をするなんて珍しいわね」
「そうなの。久しぶりだから、つい色々買っちゃった」
 
足元の革靴が気になり、上の空で答える。 
この時間に大我が帰っているのだ、なにかあったのかもしれない。
嫌な予感がして、心臓がトクトクと音を立て始めた。

「あのね、美汐ちゃん」

二階に上がろうとした時、沙織に呼び止められた。

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