このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
本人の意志が確認できない限りたとえ親からの申し出でも認められないはずだが、大我は自分の意志を押し通すためならなにをしでかすかわからない。
だからその前にどうにかして大我を説得しなければならないのだ。
その一番の近道が柊との結婚だったが、それは諦めた方がよさそうだ。
柊がこの見合いに乗り気だとは思えないうえに、これほど仕事に真面目に向き合い人としても魅力的な彼を、自分の夢を叶えるために利用してはいけないからだ。

「だったら」

不意に柊が口を開いた。

「娘を自分の会社に入れたいというお父さんの親心もわからなくもないが。独学で資格を取るほど本気なら、自分が望む道を選んで進めばいいんじゃないのか? じゃなきゃ後々後悔する」
「私もそう思います。でも」
「興味がある世界に飛び込める機会を手に入れたんだ、迷わず飛び込めばいいと思う」
「ありがとうございます」
 
柊からの後押しにぐっときて、美汐は軽く頭を下げる。
ここ数年、千早不動産に入社するために努力を重ねてきたが、その過程は孤独でひどく寂しかった。
初めから大我に反対されるとわかっていたので、家族には内緒で活動した。
その結果、書類審査を通過し筆記試験や一次面接そして最終面接に進んでも、その喜びと次に向かう不安は誰にも打ち明けられなかった。
それどころか就職活動そのものを隠さなければならない日々は心身ともにつらく、出張や旅行で両親が家を留守にする日を指折り数えたりもしていた。
簡単に内定を手にしたわけじゃない。
自分の力すべてを注ぎ、途中何度もくじけそうになりながら、やっとの思いで手にしたのだ。
< 30 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop