このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
なのに家族の誰からもおめでとうと祝ってもらうことも労われることもなかった。
覚悟していたとはいえ、想像以上に寂しく、切なかった。

「そう言ってもらえて、すごくうれしいです」
 
これまでひとりで踏ん張っていたが、ようやく味方ができそして自分の決断が間違っていなかったと認められたようで、喜びが込みあげてくる。
美汐はそっと俯き目尻に溢れる涙を指先で拭った。

「もしも」
 
美汐の話に静かに耳を傾けていた柊が、おもむろに口を開いた。 

「君が夢を叶えるために俺になにかできることがあれば、協力するよ」
 
美汐はハッと顔を上げた。
途端に美汐を優しく包み込む温かな眼差しとぶつかり、ドキリとする。

「俺が君のお父さんを説得するとは簡単には言えないが、一緒に考えることはできる」
「あ……ありがとうございます」 
 
柊の力強い言葉が胸に響き、美汐は声を詰まらせた。
家族でさえここまで美汐の気持ちに寄り添ってくれたことはない。
年が離れた美汐を気遣い見守ってくれていた拓斗でさえ、美汐が葉山製薬に入社するべきだと考えている。

「親だからといって、子どもの人生はコントロールできない。俺は幸いにも自分の夢が父の会社を継ぐことだったから問題はなかったが、君はそうじゃない」

冷静ながらも思いがこもるきっぱりとした声が、部屋に響いた。

「子どもの人生はコントロールできない……」

その言葉は窮屈な籠の中から美汐を救い出してくれる、魔法の言葉のように聞こえた。
美汐はそれまでピンと伸ばしていた背から、ほんの少し力を抜く。
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