このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
柊の人となりを知って徐々に抜けつつあった緊張が、完全に解けたような気がした。
真昼の日射しが障子越しに差し込む部屋は眩しくて温かい。
そのことにもようやく気付いた。
美汐は一度深呼吸し気持ちを整えると、改めて背筋を伸ばし柊に向き合った。

「そう言ってもらえるだけで、大丈夫です」
 
思いの外逞しい自分の声が、美汐自身を力づける。

「結川さんも新しいお仕事が控えているのに、私のことで時間を使わせてしまうのは申し訳ないです。自分でなんとか考えてみます」
 
そう言って笑顔をつくってはみるものの、見通しは暗く大我をどう説得すればいいのか検討もつかない。

「いや、聞いている限り、それは難しいだろ」
 
美汐の強がりなどお見通しなのか、柊は厳しい表情を見せる。

「確かに難しいとは思いますけど」
 
難しいというより絶望的だ。
それでもと、美汐は自身を鼓舞する。
ここで諦めたくはない。

「いざとなれば、家を出てでも千早不動産に入社しようかと――」
「それは現実的じゃない」
「……でも」
 
軽はずみなことはできないと頭ではわかっているが、そうするより他ないかもしれない。
だとしても、大我が美汐を簡単に諦めるとも思えない。
たとえ千早不動産に入社しても、会社の利益につながる縁談を用意して結婚させようとするはずだ。
そんな未来が簡単に想像できて、それこそ絶望的な気持ちになる。

「とにかく一度父にぶつかってみます。跳ね返されると思いますけど、自分でなんとかしないと」
 
千早不動産から内定をもらえるほどの努力ができたのだ、まだまだ頑張れるはず。
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