このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
弱気になりそうな気持ちを脇に押しやり、美汐は自分にそう言い聞かせる。

「俺の協力はいらないってこと?」
 
からかい交じりの声に、美汐は首を横に振る。

「そうじゃないんです」
 
声とは逆に柊の表情は厳しく、美汐を心配している気持ちがダイレクトに伝わってくる。
その気持ちに頼ってしまいたくなるが、それは間違っている。

「結川さんを巻き込むわけにはいかないんです。ただでさえ父は結川さんとの結婚を千早不動産への入社の条件にしているので、迷惑はおかけできません」
「……条件?」
「そうなんです……あ、いえ、そうじゃなくて」
 
美汐は慌てて両手を胸の前で横に振り、否定する。話すつもりはなかったのに、勢いでつい口にしてしまった。
緊張が解けたというのは思い込みで、男性とふたりきりという慣れないシチュエーションに、実は気持ちが昂ぶっているだけなのかもしれない。

「それは、俺と結婚すれば君は千早不動産に入社できるってことなのか?」
 
柊は手にしていた湯飲みを置き、眉を寄せた。

「そんなこと……」
 
言葉を濁すも訝かしげに見つめる柊の瞳に耐えきれず、それ以上の言葉が出てこない。

「そうなんだな」
 
確信に満ちた声に、美汐はためらいがちに頷いた。
見合いの背景は伝えず終えるつもりでいたというのに、自分の迂闊さが情けない。

「すみません」
 
美汐は座卓に額が触れそうなほど深々と、頭を下げた。

「父の勝手な思いつきなので気にしないで下さい。結川さんとの結婚なんて、あり得ない話だってわかってます」
 
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