このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
自分の結婚が、顔も合わせたこともない他人の就職の条件にされていたのだ。柊が気を悪くするのは当然だ。

「この先結川さんにご迷惑はおかけしませんし、父に話してこのお見合いはなかったことにします。本当にすみません」
 
こんなことなら沙織が部屋を出たタイミングで自分もこの場から離れればよかったと、心から後悔する。

「そこまで謝られるのも、複雑だな」
 
束の間続いた沈黙の後、茶化すような声が耳に届いた。

「あの」
 
おずおずと顔を上げた美汐に、柊は肩を竦める。

「俺はご両親のお眼鏡にはかなっても、君のタイプじゃなかったということか?」
「そんなことありません」
 
美汐は身を乗り出し強く否定する。

「結川さんがタイプじゃない人なんて、いません」
 
柊のような見た目が抜群の男性なら、美汐だけでなくすれ違う女性のほとんどが振り返り、彼の見た目に惚れ惚れするはずだ。
人柄を知れば、なおさら魅力を感じて好きになるに決まっている。
美汐だってそのひとりだ。
今日顔を合わせてまだ一時間やそこらだというのに、柊のことをもっと知りたい、そしてまた会えたらと、思わずにはいられない。
けれど八歳も年下で世間知らずの自分のことなど子どもにしか思えないはずだ。
そんな厚かましいことを、言えるわけがない。

「柊さんなら私の両親だけじゃなく誰からも結婚相手として望まれると思います。だから柊さんは私にはもったいない男性で、タイプなんて大それたことを言える立場じゃなくて。それに打算的で下心があるような私は結川さんにふさわしくありません」
 
柊への想いを打ち消すように、美汐はひと息にそう言った。

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