このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
「ちょっといい?」
「とりあえずこれを部屋に置いてくるね」
「美汐、話があるから来なさい」

母の後ろから姿を見せた父の固い声に、美汐は足を止めた。
大我の声ひとつで心臓がきゅっと小さくなる。

「はい」
 
美汐は大我と沙織に続いてリビングに足を向けた。


美汐は厳しい目を向けてくる大我と距離を取るようにソファの端に腰を下ろした。
それでも正面のソファに座っている大我の鋭い視線からは逃げられず、居心地が悪い。
還暦を過ぎた今もジムに通い体力維持に努めている大我は、スラリとしていて年齢より若く見える。
上質のスーツを違和感なく着こなす姿は社長としての貫禄は十分だ。
ここ数日は出張で四国に行っていると沙織から聞いたような気がするが、もしかしたら九州だったかもしれない。
そうでなくても家にいるより仕事で飛び回っている時間の方が断然長く、一緒に暮らしているという感覚は薄い。

「美汐ちゃんのお部屋、エアコンの調子が悪かったでしょう?」
 
美汐と大我の間に漂う張りつめた空気に気付いていないのか、沙織は大我の隣に腰を下ろし柔らかな口調で話し始めた。
普段からふんわり優しい空気をまとう沙織のおかげで、美汐の緊張がほんの少し緩んだ。

「それがどうかしたの?」

確かにここ数日部屋のエアコンの調子が悪く業者に修理を依頼しているが、今その話題を持ち出す理由がわからない。

「時間ができて電気屋さんが今日修理に来てくれたらしいの。私は若菜ちゃんのお見舞いに行っていたし、今日は萩野さんもお休みだったんだけど」
 
萩野は長く家事を引き受けてくれている女性だ。
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