このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
これほどの思いを抱え仕事に向き合う柊の力になりたい。
そう思ったと同時に無理矢理心の奥にしまい込んだ思いが、胸に込み上げてきてどうしようもない。
微力ながらも自分に柊の後押しができるのなら、このまま彼からの申し出を受け入れて、結婚してもいいのだろうか。
そうすれば、自分も望み通りの仕事に就くことができる。
ふと浮かんだ未来への期待に、美汐は胸を高鳴らせた。

「私――」
「俺たち」

柊が再び口を開き、美汐は言葉を飲み込んだ。

「偽装結婚のパートナーとしてうまくやっていけると思わないか?」
「偽装結婚?」
 
美汐はそれまでの柔らかな表情を消し、目を見開いた。
それは美汐のこれまでの人生に必要のなかった言葉。
というよりも、この先口にすることもなかったはずの言葉だ。

「ふたりで新しい生活を始めないか? 君は夢を叶えるために存分に仕事に打ち込めばいい。俺も結婚を期待する面倒な声から解放されて、仕事だけに集中する。お互いにメリットがあるのに結婚しない手はないだろう?」

柊の口ぶりはあまりにもビジネスライクで、優しく言い聞かされるよりも説得力がある。

「お父さんのほとぼりが冷めるまで俺は君のよき夫を演じるよ。君が仕事に慣れて俺の存在が不要になったりお互に好きな人ができたら離婚しよう」
「離婚」
 
もうひとつ、今までかかわりのなかった言葉が耳に届く。

「君のことは大切にするし、悲しませるようなことはしない。君は自分の夢を追いかければいい」
 
柊は淡々と思いを口にし、美汐に極上の笑顔を向けた。
その瞳はわずかに揺れることもなく美汐を見つめ、ただひとつの答えを期待している。
< 40 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop