このたび、お見合い相手の御曹司と偽装結婚いたします~かりそめ妻のはずが旦那様の溺愛が溢れて止まりません~
大我は声高に言葉を続ける。

「父さん」
 
予想以上の反応に、美汐は肩を落とした。
年を重ね、多少は丸くなっているかもしれないと期待していたが、さらに頑固になっている。

「ねえ、大我さん」
 
それまで大我の隣でふたりのやり取りを眺めていた沙織が、にこやかに口を開いた。
沙織は何人もの政治家を輩出している名家の生まれで、美汐と同じ大学の家政学部を卒業後、すぐに大我と見合いをし結婚した。
争いを好まずいつも穏やかで多趣味。今はフラワーアレンジメントとミュージカル鑑賞に夢中。
年に数回は海外旅行を楽しむという、絵に描いたような社長夫人だ。
少し世離れしていて悪意に鈍感なせいか、大我のハラスメントまがいの強引な性格も笑顔で受け流している。

「なんだ?」
 
沙織の声に、大我が不機嫌な顔を向ける。
もともとのいかつい顔に加え、ぶっきらぼうな声。
子どもの頃からその声が苦手な美汐は、思わず顔をしかめた。

「私、思うの」
 
美汐と大我の緊迫した空気を気にすることなく、沙織は弾む声をあげる。

「美汐ちゃんがそれほどその……千早不動産だったかしら? そこで働きたいなら賛成してあげたらどうかしら」
「は? なに馬鹿なことを言ってるんだ。美汐には葉山製薬のために働いてもらうから絶対に辞退させる」
「でもね、それって別に大我さんの会社で働かなくてもいいと思うのよ」
 
沙織は得意顔で答える。よほど自分の思いつきに自信があるらしい。

「美汐ちゃんが柊君と結婚すればいいのよ」
「結婚? 柊君って誰のこと?」
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