死神×少女+2【続編】
その日の夜。
亜矢はテーブルの上にノートや教科書を広げ、宿題に取り組んでいた。
コランが、その後ろからそっと覗きこんだ。

「アヤ、オレも手伝う」

亜矢は驚いて手を止め、振り返った。
コランは、真剣な表情をしている。

「手伝って欲しいのは山々だけど、コレは宿題だから。自分でやるものなのよ」

だが、コランは引き下がる様子はない、と言った感じだ。

「オレは、アヤの願いを叶える為にココに居るんだ。契約者の願いを叶える事が、悪魔の……オレの仕事なんだっ!!」

コランは数歩後ろへ下がると、ポンッ☆という音と共に、その手に長く鋭い『悪魔の槍』を出現させた。
刃先が3つに分かれた、黒い巨大なフォークのようなその鋭い刃物は武器ではなく、コランが魔法を使う時に用いる杖。

「えっ!?コランくん、何をする気……!!」

亜矢は慌てて立ち上がるが、コランは刃先をテーブルの上のノートに向けた。

「………エイッ!!」

掛け声と共に、コランは槍を大きく振り下ろした。
槍の刃先からエネルギー弾が発生し、ノートに向かって発射された。
亜矢は、思わず反射的にテーブルから離れた。

ボンッ!!

その光弾はノートに当たった瞬間に、大きく弾け飛んだ。
その爆発にノートも巻き込まれ、共に空中に弾け飛んだ。
頭上を見上げると、バラバラに分解されてしまったノートのページが紙吹雪のようにヒラヒラと舞い落ちてくる。
亜矢とコランは、呆然とその紙吹雪を見上げていた。
しばらくの、沈黙。
コランが小さく口を開いた。

「失敗………しちゃった」

亜矢はハっとしてコランの方を見る。

「ダメじゃない、コランくんっ!!」

コランは、ビクっと肩を揺らした。
コランの手に握られていた槍が、音もなく消える。

(アヤに怒られた………!)

それは、コランにとって初めての事。
いつも優しい亜矢がコランに投げかけたその言葉は、大きな衝撃となった。
大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべ、コランは何も言わず走り出した。

「コランくんっ!?」

亜矢の叫びにも答えず、コランは寝室となっている亜矢の部屋へと駆け込んだ。
亜矢は、床に散らばったノートの欠片に囲まれ、立ち尽くしていた。

(あたし、そんなにキツく言ったかしら…?)

亜矢はノートの破片を拾い集めるとテーブルの上に置き、寝室へと向かった。
寝室のドアを開けると、中は真っ暗だ。電気はついていない。
亜矢は目をこらし、ベッドの前まで歩み寄る。
近くまで行くと、ベッドの片隅でコランが布団をかぶり、丸まっているのが分かる。
コランの肩は、小さく震えている。おそらく、ずっと泣いているのだろう。

「コランくん……」

申し訳ない気持ちになって、亜矢は小さく声をかける。

「う……ア…ヤ………ごめん……なさ……」

コランは背中を向けたまま、小さく途切れ途切れに言葉を繋いだ。
亜矢は、コランの肩に優しく手を置いた。

「あたしはもう怒ってないわ」

コランの肩の震えが止まった。

「あたしの為に一生懸命になってくれるのは嬉しいわ。でも、コランくんはまだ小さいんだから、そんなに頑張らなくていいのよ」

コランは、瞳を大きく開いた。いつの間にか、涙は止まっている。

「………オレ、子供じゃない」
「あ、そうよね、ごめんね」

いつもらしいコランの反応に、思わず微笑みがこぼれる。

「明日は日曜日だから、ずっと一緒に遊ぼうね」

その言葉に、コランはパっと勢い良く身を起こして亜矢の方に顔を向けた。

「………ホントか!?」
「うん」

そうして、二人は顔を見合わせてニッコリと笑った。

「おやすみ、アヤ!」
「おやすみ、コランくん」

亜矢はコランの額に軽くキスをした。
泣きつかれたコランは、そのまますぐ眠りへと落ちた。
亜矢は寝室のドアを閉めると、ドアの前で顔を下げた。

(あたしの方こそ、ごめんね……)

そうして、宿題を終わらせるべく、亜矢は一人でテーブルに座った。




眠りにつく直前、コランの心に様々な思いが浮かんだ。
悪魔は、契約者となった人間の願いを叶える為に魔法を使う。
なのに、その力を使って自分自身の願いを叶える事は出来ないなんて。
魔法も上手く使えず、子供である為に亜矢と同じ位置に立つ事も出来ない。

大好きな亜矢が、近くにいるようで、遠い――――。

亜矢の願いを叶えたい、亜矢と一緒にいたい。
そんなコランの心が生み出した、一つの願い。

「大人に……なりたい……」

願い事のように、小さく呟いた。
閉じたコランの片方の瞳から、ひと粒の涙がこぼれ落ちた。
そうして、スっと眠りに落ちていった。
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