死神×少女+2【続編】
第5話『桃色天使降臨(前)』
ここはマンションの一室、リョウの部屋。
亜矢の部屋の左隣であるこの部屋では、今日もお菓子作りが行われていた。
その日に、リョウと亜矢が作っていたのはクッキー。
「後は、焼き上がるのを待つだけね」
「亜矢ちゃん、お茶にしようか」
一通りの作業を終え、リョウと亜矢はテーブルに着いて一息入れた。
亜矢は最近、お菓子作りを教えてもう為にこうやってリョウの部屋に行く事が多いのだ。
それは純粋に、リョウの腕前に憧れているから。
女友達よりも…いや、プロのお菓子職人よりもリョウの腕の方が勝るとさえ思う。
「リョウくんって、本当にすごいわね。昔から料理は得意だったの?」
亜矢は紅茶を一口飲むと、ティーカップを両手で包んで顔を上げた。
リョウは、何か昔の事を思い出しているかのように、どこか遠くへ視線を向けた。
「……うん。ボクはよく、手作りのお菓子を天王様に献上していたんだ」
「天王様?」
聞き慣れない人名に、亜矢が聞き返す。
「その人って、リョウくんが仕えていた天界の王サマの事よね?」
だが、リョウはハっとして口を閉ざした。
今はなるべく、天王の事については口に出したくなかった。
思わず口走ってしまったが、リョウはごまかす事なく再び口を開いた。
「亜矢ちゃんがもし、天王様に会ったらどうする?」
唐突なリョウの問いかけ。
だが亜矢は少しも迷う事なく、強い意志をこめた瞳で堂々と言う。
「その人が、リョウくんに呪縛をかけてずっと苦しめていたんでしょ?平手打ちの一発くらいお見舞いしてやりたいわ」
天王を恐れもしない亜矢の発言にリョウは目を丸くしたが、すぐに笑った。
「あはは、亜矢ちゃんは強いね」
天王様と亜矢ちゃんを会わせたらいけないな、と思いながらリョウは苦笑いをした。
だが、これこそが亜矢の強さであり、リョウが亜矢に惹かれる理由の1つ。
天王はリョウを苦しめただけでなく、亜矢の魂を奪おうとしたのだ。
それを知っていながら、亜矢はそれを怒りの理由にしなかった。
亜矢という少女は、いつも自分の事よりも他人を優先して考える。
だからこそ、リョウは亜矢を守りたいと思う。側に居たいと思う。
「そういえばこの前、天真さんに会ったわ。このマンションの新しい大家さん」
「え?」
リョウの心臓が大きく動いた。
『天真』とは、天王が人間界で名乗っている名だ。
(亜矢ちゃんと天王様は、すでに会っている…?)
表情には出さないが、リョウの心が戸惑いに揺れ始める。
天王が、わざわざ人間界に足を運び、リョウの部屋に訪れた事。
そして、天王が亜矢に接触した。
何かが、起こり始めているのだ。
「天真さんはリョウくんの部屋から出て来たけど、知り合いなの?」
事情を知らない亜矢は何気なく話し続けるが、リョウには答える事が出来ない。
「あ………うん。ちょっとね……」
言葉を詰まらせて、リョウはそれだけを返した。
亜矢は、天真の正体が『天界の王』である事を知らない。
亜矢は、天真の事を『このマンションの新しい大家さん』としか認識していない。
表情を曇らせたリョウを見て、何か聞いちゃいけない事情でもあるのかと思った亜矢はそれ以上の事は聞かず、気を取り直して明るく笑った。
「ねえ、そろそろクッキー焼けたかしら?」
そうして出来上がった、大量のクッキー。
部屋の中が、甘い香りに包まれる。
「美味しそう!ううん、リョウくんと一緒に作ったから、味は絶対よね!」
クッキーの出来よりも亜矢の喜び様が嬉しかったリョウは、一緒に笑顔になる。
沢山作ったので、袋に詰めて皆に配ろう、という事になった。
「コランくんの分でしょ、魔王の分と、ディアさんの分…」
数を確認しながら、亜矢はクッキーを小さな袋に詰め、リボンで結んでいく。
「あれ?亜矢ちゃん、これだけ袋の色が違うけど?」
テーブルに並べられた袋の数々の中で、1つだけ色の違う袋がある。
亜矢は作業を続けながら答える。
「ああ、それは死神の分よ。アイツは甘いのが好きじゃないから、それだけお砂糖控えめにしたの」
リョウはその袋を手に持って、眺めた。
いつの間に、グリア用のクッキーを作っていたんだろう。
一緒に作っていたのに、気付かなかった。
「すごいね。グリアの事、良く知ってるんだね」
どこか感情のこもってない口調でリョウは言った。
逆に、亜矢は何も気にする様子もなく、明るく笑った。
「嫌でもアイツの好みは覚えちゃうわ。それにね…」
亜矢は手を止め、少し照れながら視線を落とした。
「死神は、あたしが作った料理やお菓子を『美味しい』とも『不味い』とも言わないけど、目の前ですぐに全部食べてくれるの。それはちょっと嬉しいかな…」
普段の亜矢は、グリアの目の前ではこんなに素直な表情や言葉は口に出さない。
リョウの中でどこか取り残さたような、寂しいような、今までにない感情が生まれる。
「本当に仲いいんだね」
いつもと同じ事を言ってるはずなのに、リョウの心では別の感情が動いている。
「そんな、やめてよ!死神は自分勝手だし、どこでも迫って来るし、最低なヤツよ!でも、だから……あんな危険なやつ、放っておけないでしょ?」
素直じゃないけれど、リョウはそこに亜矢の本心を見た気がした。
「亜矢ちゃん、今日はグリアの話ばかりするね?」
「え!?そんな事ないわ!!」
コロコロと表情を変える亜矢に、リョウは思わず笑う。
だが、リョウは自分の本当の心に気付いてはいない。
亜矢の部屋の左隣であるこの部屋では、今日もお菓子作りが行われていた。
その日に、リョウと亜矢が作っていたのはクッキー。
「後は、焼き上がるのを待つだけね」
「亜矢ちゃん、お茶にしようか」
一通りの作業を終え、リョウと亜矢はテーブルに着いて一息入れた。
亜矢は最近、お菓子作りを教えてもう為にこうやってリョウの部屋に行く事が多いのだ。
それは純粋に、リョウの腕前に憧れているから。
女友達よりも…いや、プロのお菓子職人よりもリョウの腕の方が勝るとさえ思う。
「リョウくんって、本当にすごいわね。昔から料理は得意だったの?」
亜矢は紅茶を一口飲むと、ティーカップを両手で包んで顔を上げた。
リョウは、何か昔の事を思い出しているかのように、どこか遠くへ視線を向けた。
「……うん。ボクはよく、手作りのお菓子を天王様に献上していたんだ」
「天王様?」
聞き慣れない人名に、亜矢が聞き返す。
「その人って、リョウくんが仕えていた天界の王サマの事よね?」
だが、リョウはハっとして口を閉ざした。
今はなるべく、天王の事については口に出したくなかった。
思わず口走ってしまったが、リョウはごまかす事なく再び口を開いた。
「亜矢ちゃんがもし、天王様に会ったらどうする?」
唐突なリョウの問いかけ。
だが亜矢は少しも迷う事なく、強い意志をこめた瞳で堂々と言う。
「その人が、リョウくんに呪縛をかけてずっと苦しめていたんでしょ?平手打ちの一発くらいお見舞いしてやりたいわ」
天王を恐れもしない亜矢の発言にリョウは目を丸くしたが、すぐに笑った。
「あはは、亜矢ちゃんは強いね」
天王様と亜矢ちゃんを会わせたらいけないな、と思いながらリョウは苦笑いをした。
だが、これこそが亜矢の強さであり、リョウが亜矢に惹かれる理由の1つ。
天王はリョウを苦しめただけでなく、亜矢の魂を奪おうとしたのだ。
それを知っていながら、亜矢はそれを怒りの理由にしなかった。
亜矢という少女は、いつも自分の事よりも他人を優先して考える。
だからこそ、リョウは亜矢を守りたいと思う。側に居たいと思う。
「そういえばこの前、天真さんに会ったわ。このマンションの新しい大家さん」
「え?」
リョウの心臓が大きく動いた。
『天真』とは、天王が人間界で名乗っている名だ。
(亜矢ちゃんと天王様は、すでに会っている…?)
表情には出さないが、リョウの心が戸惑いに揺れ始める。
天王が、わざわざ人間界に足を運び、リョウの部屋に訪れた事。
そして、天王が亜矢に接触した。
何かが、起こり始めているのだ。
「天真さんはリョウくんの部屋から出て来たけど、知り合いなの?」
事情を知らない亜矢は何気なく話し続けるが、リョウには答える事が出来ない。
「あ………うん。ちょっとね……」
言葉を詰まらせて、リョウはそれだけを返した。
亜矢は、天真の正体が『天界の王』である事を知らない。
亜矢は、天真の事を『このマンションの新しい大家さん』としか認識していない。
表情を曇らせたリョウを見て、何か聞いちゃいけない事情でもあるのかと思った亜矢はそれ以上の事は聞かず、気を取り直して明るく笑った。
「ねえ、そろそろクッキー焼けたかしら?」
そうして出来上がった、大量のクッキー。
部屋の中が、甘い香りに包まれる。
「美味しそう!ううん、リョウくんと一緒に作ったから、味は絶対よね!」
クッキーの出来よりも亜矢の喜び様が嬉しかったリョウは、一緒に笑顔になる。
沢山作ったので、袋に詰めて皆に配ろう、という事になった。
「コランくんの分でしょ、魔王の分と、ディアさんの分…」
数を確認しながら、亜矢はクッキーを小さな袋に詰め、リボンで結んでいく。
「あれ?亜矢ちゃん、これだけ袋の色が違うけど?」
テーブルに並べられた袋の数々の中で、1つだけ色の違う袋がある。
亜矢は作業を続けながら答える。
「ああ、それは死神の分よ。アイツは甘いのが好きじゃないから、それだけお砂糖控えめにしたの」
リョウはその袋を手に持って、眺めた。
いつの間に、グリア用のクッキーを作っていたんだろう。
一緒に作っていたのに、気付かなかった。
「すごいね。グリアの事、良く知ってるんだね」
どこか感情のこもってない口調でリョウは言った。
逆に、亜矢は何も気にする様子もなく、明るく笑った。
「嫌でもアイツの好みは覚えちゃうわ。それにね…」
亜矢は手を止め、少し照れながら視線を落とした。
「死神は、あたしが作った料理やお菓子を『美味しい』とも『不味い』とも言わないけど、目の前ですぐに全部食べてくれるの。それはちょっと嬉しいかな…」
普段の亜矢は、グリアの目の前ではこんなに素直な表情や言葉は口に出さない。
リョウの中でどこか取り残さたような、寂しいような、今までにない感情が生まれる。
「本当に仲いいんだね」
いつもと同じ事を言ってるはずなのに、リョウの心では別の感情が動いている。
「そんな、やめてよ!死神は自分勝手だし、どこでも迫って来るし、最低なヤツよ!でも、だから……あんな危険なやつ、放っておけないでしょ?」
素直じゃないけれど、リョウはそこに亜矢の本心を見た気がした。
「亜矢ちゃん、今日はグリアの話ばかりするね?」
「え!?そんな事ないわ!!」
コロコロと表情を変える亜矢に、リョウは思わず笑う。
だが、リョウは自分の本当の心に気付いてはいない。