死神×少女+2【続編】

第9話『翼なき天使』

天界の王宮、正門の前。
この場所で人知れず、死神と天使は激しく刃をぶつけあっていた。
だが、主に攻撃をしているのはリョウの方だ。
グリアは鎌でリョウの刃を受け止め続けている、防御体勢だ。
力でグリアが押されている訳でもないのに、常にグリアは受け身なのだ。
グリアらしくない振るまいにリョウは煽られ、勢いを増していく。
だが、少しずつグリアの表情に余裕が薄れてきた。
自分の手に持つ鎌に、受け止めるリョウの刃が重く響く。
そこには、一切の迷いが感じられない。
リョウは本気でグリアに向かってきている。斬るつもりでいる。

「………ッ、マジだな、リョウ」
「………当たり前だよ!」

お互い、少し距離を取って離れた。
二人とも息を切らしている。
だが、何度も放たれたリョウの攻撃は、一度もグリアに致命傷を負わせていない。

「なんで攻撃してこないんだよ」

リョウが呼吸を整えながら問いかけた。

「さあな。理由はねえ」

グリアもまた、息を乱しながらもいつもの笑いを浮かべた。
リョウは再び武器を構えたが、今度は少し躊躇った。
自分が今、ここでグリアと戦う理由…………。
リョウは軽く頭を振ると、再び刃をグリアへ向けて放った。
やはり、グリアは反撃する事なく鎌で受け止めた。
ギリギリと力で押されながらも、グリアは目の前のリョウを冷静に見ていた。

「そんなにオレ様が憎いかよ」

リョウは一瞬、動きを止めた。
その一言に、自分で気付いていない感情に自覚してしまった衝撃。
リョウは刃を引くと、大きく武器を振り上げながら、グリアに激しい感情をぶつけた。

「そうだよ、憎い!!」

それは、叫びとも言える激しいものだった。
そこまで激しく感情を口にする事。それは、リョウにとっても今までにない。
もう、抑えられない所まで来た。

「憎いよ。ボクから全てを奪うお前が、憎いッ!!」

感情と共に解き放たれた、リョウの最大の一撃。
だが、グリアはこの一撃を受け止めなかった。
いや、あえて受け止めなかった。
身体全体を動かして避けようとしたものの、刃はグリアの脇腹をかすり、切り裂いた。
深い傷ではないが、グリアは顔をしかめた。
グリアはそのままの体勢で、リョウの武器の柄を片手で掴んだ。
我を忘れていたリョウは武器を押さえられ、ハッとしてグリアを見る。
グリアは額に汗を浮かべながらも、いつもの余裕な表情を装って作る。

「言えるじゃねえか、本音」

そのグリアの瞳が、あまりにも自分を見透かしていて……
リョウは一瞬、手の力を抜いた。
グリアは、リョウの心を知っていた。
リョウ自身も見失っていた、本当の心と感情を。
それを知っていながら、グリアは全てを受け止めていた。
リョウの『憎しみ』さえも。
…いつからだろうか。
全ての本音を語り合える友だったのに、いつからか本音を隠すようになっていた。
心を閉じ込め、いつしか『憎しみ』に変えていた。
本当は、『大切な人』も『大切な友』も失いたくなかった。
それだけなのに、今はその両方を失いかけ、心が崩壊していた。
リョウが見せた一瞬の隙を、グリアは見逃さなかった。
初めてここで、グリアは自分の鎌を振り上げ、リョウを攻撃した。
リョウはとっさに自分の武器で受け止めたが体勢が整っておらず、グリアの刃の勢いに弾き飛ばされ、地に叩きつけられた。
リョウはすぐに起き上がろうとしたが、すかさすグリアがリョウの喉元に鎌の刃先を突き付けた。

「終わりだな、リョウ」

グリアは負傷して息を切らしながらも、リョウを冷たく見下ろした。
リョウは息を呑んだ。そして、覚悟を決めた。
だが…グリアは、鎌を引いた。
え?と、リョウはグリアを見上げる。
グリアの視線はすでに、リョウには向けられていなかった。
グリアが見据えるのは、王宮の門の先。
この先に、本当の敵がいる。
グリアは視線を遠くに向けながらも、リョウに一言。

「てめえを、解放してやる」

リョウは起き上がり、そのグリアの言葉の意味に気付いた時に「あっ」と声を漏らした。
グリアが天王を敵視し、斬る理由はいくつもあるが……
その中の1つ。
それは、リョウを救う為でもあった。
リョウを、天王の呪縛から解放する為に。
リョウは立ち上がると、目に涙を浮かべながら、思わずグリアに抱きついた。

「ごめん。ごめん、グリア~~!!」
「~~~ッ!?抱きつくんじゃねえ、痛えんだよ、傷がッ!!」

リョウは慌ててグリアから離れ、申し訳なさそうに笑った。
これこそが、いつものリョウだ。
グリアの心を知り、自分の本当の心を知ったリョウは心の『闇』から抜け出し、いつもの彼に戻っていた。
グリアは溜め息をつきながらも、これから向かうべき場所に向けて気を抜く事は出来ない。
リョウは、グリアの負傷した脇腹に手の平をあてた。

「簡単な回復魔法くらいしか出来ないけど…これで大丈夫?」

グリアは何も言わず、立ち上がった。リョウが心配そうにグリアを見上げる。

「オレ様は行くぜ。どうするかは、てめえの自由だ」

リョウにも、その事の意味はすでに分かっていた。
立ち上がると、小さく頷いた。

「……うん。ボクも行くよ。全ての決着は、ボク自身で付ける」

強い決意を胸に、グリアと共に進む事を決めた。
グリアは振り向き、リョウの顔を見てふっと笑うと、再び正面を向いた。
こうして、死神と天使は共通する意志を心に、王宮の門をくぐった。
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