優等生の一之瀬君の裏の顔は知ってはいけなかったみたいです

2.口止め料をくれるそうです



〇空き教室(放課後)

 翌日、約束通り空き教室に向かう結菜。

 一之瀬はすでにそこにいて、会議用テーブルでスマホを弄っている。
 物音で結菜が入ってきたのに気づくと、一之瀬はぱっと振り向く。

結菜「一之瀬君、言われた通り来たよー」

一之瀬「うん、待ってたよ」

 結菜は改めて空き教室の中を見渡す。

 中は全体が倉庫のようになっており、一之瀬の座るテーブルの上だけは片付いている。


一之瀬「七海さん、どうぞ」

結菜「わ、ありがとう」

 結菜がきょろきょろしていると、一之瀬が立ち上がって、自分が座っていた席の前の椅子を引いてくれる。

 お礼を言って椅子に腰かける結菜。一之瀬も椅子に座る。会議用テーブルで向かい合うような形に。

 結菜は一之瀬のテーブルの前にスマホが置かれていることに気づく。


結菜「今日もリトのページ更新してたの?」

一之瀬「うん、まあ」

結菜「昨日聞けなかったんだけど、なんで学校でリトのアカウント更新してるの? 家でやった方がバレないんじゃない?」

一之瀬「……家にいる時間短くしたいから。放課後はぎりぎりまでこの空き教室にいて、リトのページ更新してストレス発散しないとやってられない」

結菜「へぇー、大変なんだね」

 顔をしかめて説明する一之瀬に、結菜は軽い感じで相槌を打つ。
 予想よりも軽い反応をされてちょっと驚いた顔をする一之瀬。


結菜「一之瀬君、今日はやらないの? ストレス発散なんでしょ? 私のことは気にせずどうぞ」

一之瀬「今日はいいよ。今日は七海さんの願望を叶えてあげようと思って待ってたんだ」

結菜「私の?」

一之瀬「秘密を黙っててもらうなら、七海さんにもメリットがあった方がいいと思って。口止め料みたいなものかな」

結菜「えー、いいよそんなの」

 予想外の言葉に、結菜は両手を振って断る。
 しかし、一之瀬は身を乗り出して食い下がる。

一之瀬「何かないの? なんでもいいよ。欲しいものがあるなら出来る限り用意するし、して欲しいことがあればなんだってする」

結菜「いや、悪いって。そんなの」

一之瀬「遠慮しないで。口止め料なんだから。ひとつくらい何かあるだろ?」

結菜「急に言われても思いつかないよー」

 願望を言えと言われても思いつかず、両手を上げたまま困惑顔になる結菜。
 一之瀬はそんな結菜をじっと見て答えを待っている。

 しばらく悩んでいた結菜は、どうにか頼みを思いついてぱっと笑顔になる。


結菜「じゃあ、勉強教えて欲しい! 私数学が苦手なの」

一之瀬「それだけ?」

結菜「うん。よろしく」

 結菜の頼みが軽いものだったので、不満そうな顔になる一之瀬。

 しかし、結菜が早速鞄から数学の教科書とノートを出し始めると、一之瀬は諦めて教えることにする。実際に教え始めると、真剣にやってくれる一之瀬。


結菜「あー、なるほど! そういうことか! 初めてわかった」

一之瀬「この問題、一見複雑に見えるけど、こっちの基本問題とやることはほとんど変わらないよ。七海さん、最初からこっちは出来てたじゃん」

結菜「すごい、一之瀬君。そんなの気づかなかった。私には絶対解けないと思ってた」

 苦手な数学の問題が解けて嬉しそうにしている結菜。
 一之瀬、喜ぶ結菜を微笑ましげに見つめる。

結菜「一之瀬君、どうしてこんなに勉強できるの? 数学もだけど、ほかの教科の点数もすごく良かったよね?」

 興奮して、褒め言葉のつもりで一之瀬に尋ねる結菜。
 しかし、微笑んでいた一之瀬の顔がなぜか曇る。

【一之瀬の短い回想シーン】

 小学生の一之瀬を怒鳴りつける厳しそうな父親と、一之瀬の腕を指が食い込むほど強く掴んで、笑顔で圧力をかけるように何か言ってる母親のことを思い浮かべる一之瀬。


一之瀬「……なんでだろ。ほかに取り柄がないからかな。空っぽな自分にどうにか価値をつけるためみたいな」

結菜「え、そんなことないでしょ。一之瀬君、運動だって得意だし、みんなからの人望も厚いし、むしろ取り柄だらけで……」

 自虐的な一之瀬の言葉におろおろする結菜。
 一之瀬は曇り顔から作り物めいた笑みに変わる。

一之瀬「変なこと言ってごめん。続きやっちゃお」

結菜「う、うん!」

 一旦、気まずい空気が流れたものの、勉強を再開するとそちらに集中してまた平和な空気に戻る。

 テーブルで向かい合って数学の問題を解く二人。

 × × ×

 しばらく数学の問題を解いていた二人。
窓の外はすっかり暗くなっている。

 教科書を閉じた結菜は、嬉しそうに一之瀬にお礼を言う。

結菜「ありがとう、一之瀬君! おかげで大分わかるようになった!」

一之瀬「うん、ほかにも頼みがあったら教えて。次はもっと大きいやつでいいよ」

結菜「十分だったんだけどなー」

 まだ結菜の頼みを聞くつもりらしい一之瀬に、結菜は困った顔になる。


〇結菜の家(一戸建)の自室(夜)

 家に帰り、ファンシーな雰囲気の部屋でベッドに寝そべっている結菜。
 今日の放課後のことを思い返している。

結菜(一之瀬君のおかげで助かっちゃったな)

 結菜、明るい表情でベッドに置いてあったスマホに手を伸ばす。

 起き上がった結菜は、何気なくリトのページにアクセスする。今日は更新されていないようで、最新投稿の日付は昨日のまま。

結菜(一之瀬君、ストレス発散しないとやってられないって言ってたのに、今日は私の勉強手伝ってくれるだけで大丈夫だったのかな?)

 結菜、首を傾げて一之瀬の心配をする。

結菜(そもそもなんで家に帰りたくないんだろー……)

 結菜、腕組みをしながら考え込む。しかし答えは出てこない。

結菜(私が考えても仕方ないか)

 結菜、少し寂しそうに笑ってから、スマホを置いて電気を消す。
 そのまま眠りに落ちる。


〇学校、2年A組教室付近の廊下(翌日昼)

 その後も何かと結菜の頼みを聞き出そうとしてくる一之瀬。
 結菜が遠慮すると、口止め料だからとごり押してくる。

結菜「だから昨日勉強教えてくれただけで十分だって」

一之瀬「いや、あんなものでは全然口止め料にならない。簡単な頼み過ぎて、俺が全然安心できない。何か新しい頼み事してよ」

結菜「えーと、じゃあ……」

 結菜、どうにか頼みごとを考える。

 考えた結果、結菜は学校の自動販売機で100円の紙パックのいちごミルクを買ってもらったり、あまり人に興味を持ってもらえない趣味の爬虫類の話を延々と聞いてもらったりする。(ダイジェスト)

 満足そうにしている結菜と、納得がいってなそうな一之瀬。


〇空き教室(放課後)

 放課後、今日も空き教室で勉強を教えてもらっている結菜。
 今日は英語の課題を見てもらっている。

 結菜、問題を解きながら申し訳なさそうな顔で言う。

結菜「なんかごめんね。色々してもらっちゃって」

一之瀬「いや、全然。むしろなんでこんなに大したことない頼みばっかりなの。もっと大きいこと頼んでよ」

 ありがたがっている結菜に、一之瀬はどうにかもっと大きな頼みを引き出させようとする。

結菜(あんなにたくさん頼み事をしたのに、まだ足りないの……!?)

 結菜、うんうん頭をひねって、どうにか頼みごとを考える。しばらく考え込んで、ようやく一つ思いつく。

結菜「じゃあ、行きたいところがあるんだけど……」

一之瀬「うん! どこ?」

 一之瀬は身を乗り出すように尋ねてくる。

結菜「フェアリーランドに行きたい」

一之瀬「フェアリーランド?」

結菜「前から気になってたんだ。前、翼ちゃんを誘ってみたんだけど興味ないってばっさり断られちゃって。誰か一緒に行ってくれる人いないかなと探してたんだけど」

一之瀬「フェアリーランドってなんだっけ……。テーマパーク?」

結菜「テーマパーク……みたいなものかな! この前偶然フェアリーランドのポスターを見かけてね、それから気になってしょっちゅう公式ホームページ見に行ってたの。すっごく可愛いんだよ!」

一之瀬「へー、知らなかった……」

 情報収集が得意だと自負してる一之瀬は、フェアリーランドを知らなかったことに悔しそうな顔をする。
 結菜が明るい顔で続ける。

結菜「一之瀬君、休日空いてる日ある?」

一之瀬「うん、今週も来週も土曜日は空いて……」

 言いかけて言葉を止める一之瀬。
 横に体の向きを変え、一人でぶつぶつ呟き出す。

一之瀬「え、休日にテーマパーク……? それってデート……? 俺、七海さんにデートに誘われてる……?」

結菜「一之瀬君?」

 小声で呟いている一之瀬を不思議そうに見る結菜。

結菜(嫌なのかな?)
結菜「あ、でも、一之瀬君が興味ないなら無理にとは……」

一之瀬「いや! 行く! 行こう!!」

 結菜が断りかけると、一之瀬が食い気味に了承する。
 途端に笑顔になる結菜。

結菜「行ってくれるの!?」

一之瀬「うん。だって秘密を黙っていてもらうための交換条件だからね。どこへでもつき合うよ」

結菜「ありがとー! 楽しみ」

 一之瀬は照れ隠しに交換条件だからだと強調するが、結菜は気にせず手を合わせて喜んでいる。
 一之瀬はそれをちょっと赤くなった顔で見ている。


つづく

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