優等生の一之瀬君の裏の顔は知ってはいけなかったみたいです

4.仮面なんて


〇学校、空き教室(放課後)

結菜M『フェアリーランドに行ってから二週間ほどが経った』
結菜M『用事がある日以外、私は毎日あの空き教室に通っている』

結菜M『することといえば、一之瀬君に課題やテスト対策を手伝ってもらったり、私の話に延々とつき合ってもらったりと、最初の日から変わっていない。何とも平和な時間が続いているだけだった』

 いつも通り、結菜と一之瀬は会議用テーブルで向かい合っている。
 今日は結菜がひたすら爬虫類の話をするのを、一之瀬が頬杖をついて聞いている。

結菜(なんだか一之瀬君のおかげで毎日楽しいなー)

結菜(……私は楽しいし、勉強は見てもらえるし、爬虫類館まで一緒に行ってもらえるしで至れり尽くせりだけど)

 結菜、一旦話をやめて、顎に手をあてて考え込む。

結菜(私が空き教室に来るようになってから、一之瀬君はほとんどリトのアカウントを更新してないんだよね)
結菜(家では更新してるのか、たまにリトの投稿が増えはいるけど、明らかに前よりも量が減ってる。投稿内容の毒気も抜けてる気がするし。ストレス解消のためって言ってたのに、大丈夫かな……?)

 結菜、心配そうにじっと一之瀬を見る。
 一之瀬、わけがわからず首を傾げる。

一之瀬「七海さん、どうかした?」

結菜「一之瀬君、ストレスは溜まってない……?」

一之瀬「は?」

 結菜の質問に怪訝な顔になる一之瀬。

一之瀬「どういうこと?」

結菜「いや、一之瀬君、もともと日々のストレスを抑えるためにここでリトのアカウントを使ってたんだよね? 最近は私の話や勉強に付き合ってくれるばっかりで、全然できてないじゃん。ストレス溜まっちゃわないかと思って……」

一之瀬「ああ、そういうことか。大丈夫だよ」

 結菜が心配そうに尋ねると、一之瀬はあっさりした態度で大丈夫だと言う。
 納得がいかず、まだ質問を続ける結菜。


結菜「本当に? 無理しなくていいんだよ。もっとリトのアカウント更新しても」

一之瀬「勧めるなよ、あのアカウントの内容知ってるだろ」

結菜「でも……!」

 言いかけて、リトのアカウントの内容を思い浮かべる結菜。

結菜(いや、確かにあれを更新しろって勧めるのはよくなかったかも……。でも、そのせいで一之瀬君がストレスで病んじゃったら大変だし……)
結菜(あ、でも、一之瀬君がリトの投稿をまた増やしたら、困る人も出て来るのか。どうしよう、私はどうしたら……)

 頭を抱えて考え込んでしまう結菜。
 一之瀬は怪訝な顔で結菜を見ている。


一之瀬「七海さんはそんなこと気にしなくていいよ。最近はあんまりストレスもないし」

結菜「そうなの? どうして?」

一之瀬「……どうしてだろ」

 結菜の質問に一之瀬は気まずそうに視線を逸らす。
 首を傾げる結菜。


結菜「でも、一之瀬君の精神状態が健康ならよかったよ。あっ、それならやめちゃえばいいんじゃない? バレるとまずいアカウントなんでしょ?」

一之瀬「極端だな。さっきまで更新することを勧めてたのに」

 結菜がいいきっかけだと思い明るい顔で提案すると、一之瀬は呆れた顔をする。
それから一瞬目を伏せた一之瀬は、悲しそうな顔になって首を横に振る。

一之瀬「無理だよ。やめるのは無理。俺はあれがないと仮面を被り続けていられない」

結菜(仮面……?)

 一之瀬の言葉に、結菜は以前一之瀬が勉強するのは空っぽな自分に価値をつけるためと言っていたのを思い出す。

結菜(一之瀬君の言う仮面って、あの時の話と繋がってるのかな)


結菜「その仮面、今こうしてるときも被ってるの?」

一之瀬「え? ……いや、七海さんには全部バレちゃってるし」

 結菜の質問に、一之瀬は戸惑った顔で答える。
 結菜、答えを聞いてぱっと笑顔になる。

結菜「じゃあそんな仮面被らなくても平気だよ! だって仮面を被ってない一之瀬君、素敵だと思うもん。私はむしろ教室での一之瀬君よりも、今の一之瀬君の方が好きなくらい」

 結菜の言葉を聞いて、一瞬言葉に詰まる一之瀬。

一之瀬「……七海さん、前も同じようなこと言っていたね」

結菜「言ったっけ?」

一之瀬「言ってたよ」

 結菜、言ったことを思い出そうと頭に手をあてて考え込む。
 何気なく言った言葉なので思い出せない。

 一之瀬、結菜に最初に空き教室にいるのを見られた時、「私は今日見た一之瀬君の方が好きだな」と言われたことを思い出して表情を緩める。

 しかし、和らいでいた表情が何かを思い出したように曇る。


一之瀬「……でも、やっぱり無理かな。俺には」

 しばらくの沈黙の後で、ぽつりと言う一之瀬。
 一之瀬の顔がとても寂しそうに見えて、結菜はそれ以上何も言えなくなる。


〇空き教室の前の廊下
※別キャラクターに視点が移る

 廊下からこっそり中の様子を窺っている、結菜と一之瀬と同じクラスの乙川奏(おとかわかなで)。乙川は、長い黒髪をハーフアップにした清楚な雰囲気の美少女。
 
 乙川は清楚な外見に似合わない不愉快そうな表情で、憎々しげにつぶやく。

乙川「……何なの。一之瀬君と二人で何してるのよ」
乙川「よりによって、なんで七海さんなの……?」


【乙川回想】

乙川M『一之瀬君と七海さんが、立ち入り禁止の空き教室に入って行くのを見たのは二週間ほど前のことだった』

〇学校、三階の廊下

廊下を歩いている乙川。
前方に一之瀬を見かけ、話しかけようと近づく。

乙川「あっ、一之瀬く……」

 しかし、乙川がそばに行く前に一之瀬は近くの教室の中へ入ってしまう。

乙川(……残念。行っちゃった。でも、確かあそこ立ち入り禁止じゃなかったっけ。何か用事でも頼まれたのかな)

 不思議そうな顔をしながらも、諦めて引き返そうとする乙川。

 しかし、いくらも経たないうちに結菜がやって来る。
 結菜は一之瀬と同じように、立ち入り禁止のはずの教室に入って行く。

乙川(あれ、うちのクラスの七海さんだ。二人してどうしてあの教室へ?)

 不思議に思いながらそっと空き教室の扉に近づく乙川。
 耳を扉に近づけても、中の声ははっきり聞こえない。

 もっと近づこうとして、うっかり扉に足をぶつけてしまう。
 音に気づいたのか、中から人がこちらへ来る気配がする。

乙川(やだ、盗み聞きしようとしたの一之瀬君にバレちゃう)

 乙川は慌てて逃げ出す。
 その日はそのまま空き教室の前を去る。

◆現実に戻る


乙川(結局あの日は何の話してるのかわからなかったけど。あの後も気になって空き教室のそばに隠れて見張ってたら、二人とも毎日のようにあの部屋へ入って行くんだよね。おかしくない?)

 乙川、眉間に皺を寄せ、難しい顔で扉に耳をあてる。
 やはり話し声はよく聞こえない。

結菜「あはは、一之瀬君、それは……」

 中から小さく結菜の笑い声が聞こえてきて、眉間の皺が深くなる乙川。

乙川(本当に、なんで七海さんが一之瀬君といるの。一之瀬君、私がいくら話しかけても平然とかわしてくるくせに! でも、私以外の女子にもどこかで線を引いているみたいだから安心してたのに……!)

 乙川がイライラした顔で中の様子を窺っていると、断片的な言葉が耳に入ってくる。

一之瀬「……七海さんは……で……」

結菜「……一之瀬君こそ……だって、リトも……」

乙川(え、何の話してるの? リト? リトってあの陰湿そうな暴露アカ?)

 乙川、怪訝な顔でリトのアカウントのことを思い浮かべる。

乙川(あれだよね、結構な数の生徒が夢中になってる校内情報限定の暴露アカ。私もたまに見に行くけど……)
乙川(でも、意外。清廉潔白そうな一之瀬君と、悪意ゼロって感じの七海さんもああいうの見るんだ)

 扉の前で感心した顔をする乙川。
 しかし、次に飛び込んできた言葉で固まる。

結菜「でも、一之瀬君……リトとして……を続けるのは大変でしょ」

乙川(え?)

一之瀬「……そんなに……でも情報を集めるのは……」

 乙川、驚いた顔で扉から離れる。

乙川(え、今おかしな言葉が聞こえなかった? リトとしてって何?)

 乙川、途切れ途切れに聞こえた言葉を反芻する。

乙川(聞こえた言葉を繋ぎ合わせると、一之瀬君がリトとしてあのアカウントを続けていて、そのために情報を集めているみたいに聞こえるんだけど)
乙川(……まさかね。あの品行方正で誰からも好かれてる一之瀬君がそんなことするはずないじゃん)

 乙川は自分の突飛な想像に苦笑する。


乙川(それより、一之瀬君と七海さんがこんな場所でほぼ毎日二人で会っている事実が気に入らない)
乙川(まさか、つき合ってたりする? でも、つい最近一之瀬君が友達に彼女はいないって話しているのを聞いたし。でも、内緒でつき合っている可能性もあるのかな……)

 ぐるぐる考えて悶々とする乙川。

乙川(それにしたって七海さんはないわ。あんなぼんやりした目立たない子より、私の方がずっと一之瀬君にふさわしいじゃない)

 乙川、ドアの前で中を睨みつける。


乙川「……気のせいかと思ったけど。やっぱりちょっと調べてみてもいいかな」

 乙川は小声で呟くと、くるりと踵を返して空き教室の前から走り去って行く。


つづく



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