悪魔の王女と、魔獣の側近 ~高校~
そんな雑念のせいか、ふとアイリのビーカーを見ると、水が山盛りの状態で凍っていた。
元の水の量より増えて固まったそれは、まるでカキ氷。あきらかに魔法の失敗である。
アイリが失敗に気付いて目を潤ませていると、ディアがそれを見て優しくフォローする。

「魔法が強すぎて、空気中の水蒸気まで一緒に凍らせたのですね」
「これって失敗……だよね……?」
「大丈夫ですよ。この程度の誤差でしたら、あと少しの加減で成功します」

ディアの優しい励ましによって、アイリの落ち込み顔は笑顔に変わる。

そうして二人は寄り添うようにしながら、いくつかの魔法の練習を繰り返していく。
気付けば、時刻はもう夕方。二人きりの教室は、窓から差し込む夕日によって赤みを帯びている。

「それでは、今日の補習は、ここまでにしましょう」

授業の終わり。それは、二人にとって『切り替わり』の合図でもある。
アイリは机の上の勉強道具をカバンにしまい、ディアは教卓の上の教材を片付け始める。
そしてアイリはカバンを背負って席を立つと、ディアが立つ教卓の横へと移動する。
小柄なアイリは上目遣いでディアを見上げると、そのまま愛おしそうに抱きついた。
ディアも慣れているのか、驚く事なくアイリの体を抱きしめ返す。

「ディア、今日もありがとう。……好き」
「はい、アイリ様。お疲れ様でした」

二人きりの教室で、静かに抱き合うその姿は、まるで恋人どうし。
二人の頬が赤らんで見えるのは、窓から差し込む夕日のせいなのだろうか。
……しかし、このやり取りは、二人にとっては単なる『日課』でしかない。

「ねぇ、ディアは、私のこと……」
「アイリ様、日が暮れてしまう前に帰りましょう」
「…………」

アイリの言葉を遮るかのように、ディアの言葉が重なる。
まるで、それに対しての返事をしたくないかのように。
アイリはディアから離れると、目を伏せて悲しげな表情になる。

(ディア、こんなに好きなのに、なんで……)

アイリが、いくらディアを『好きだ』と言葉で伝えても、どんなに強く抱きしめても。
ディアの口からは、アイリを『好きだ』とは言ってくれないのだ。
……もう何年、こんな関係を続けているのだろうか。
思い悩むアイリに向かって、ディアはいつものように静かに微笑みながら片手を差し出す。
そしてアイリも、いつものように無言でディアの片手を握り返す。
そうして、二人は手を繋いで教室を出て行く。

……この時の二人は、お互いが恋人だとは断言できない関係でいた。
真面目なディアは、『生徒と教師』、『王女と側近』という関係を頑なに超えない姿勢でいるのは分かる。
でもそれは、こんなに近くで触れ合っていても、アイリの片思い以上にはなれないという辛さになる。
生まれた時から、ずっとずっと……アイリはディアに片思いを続けているのだから。
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