束の間のブルーモーメント
あて名のないラブレター
五月のまぶしい光がきらきら輝く、ひるなかの校舎。
ときどき、銀色の額ぶちみたいな窓の向こうから、緑の香りがさわやかな風に乗って流れてくる。
ポニーテールでむき出しになったうなじの熱がひいていい気分だ。
「幸せ」
唇の奥で小さくつぶやいた。
新しいノートを大事に抱いて、ひんやりとした廊下を一人で歩く。
休み時間だから、あちらこちらで楽しそうな笑い声がたくさん飛びかっているけど。
わたしは一人でいたい。
誰とも話したくない。
そう思っていたはずなのに。
「桜永せんぱい。これ、落としましたよ」
少しかすれた声に引かれて顔を上げる。
一番最初に視界に映ったのは、つやつやとした黒髪。
その次には、挑発してくるような光の差さない瞳。
それから、彼――――菖蒲 千耀の頬の横でひらひら揺れるベビーピンクの便せん。
またたく間に、わたしの頬から血の気が引いていくのが分かった。
「待って、返して」
手を伸ばしたけど、むなしく空を切る。
いとも簡単に逃げていった便せんは、菖蒲くんの長い指でむりやり破って開けられた。
もう一度「返して」とお願いしたけど、菖蒲くんの耳には届いていないらしい。
「突然でごめんなさい。本当はずっとあなたのことが好きでした、」
「ほんとにやめて!」
本人に伝えられなくて家でひっそり書いた、あて名のないラブレターが読み上げられる。
誰にも見せるつもりなんかなかったのに、いつの間にかノートにはさまっていたらしい。
顔中が熱くなって、今にもこの場で泣きくずれてしまいそうだ。
それなのに、菖蒲くんの声には何のためらいもない。
手紙を取り返そうと駆け寄ったけど、背の高い菖蒲くんにひょいとかわされた。
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