束の間のブルーモーメント
思いきって、菖蒲くんの肩に手を置く。
シャツごしに、わたしにはない肌の厚みを感じた。
やっぱり男のひとだ。
わたしの知らない菖蒲くんを目の前にして、改めて実感する。
「するよ?」
長いまつ毛がピクリと動いた。
でも、なにも言わない。
本当に、本当に、しなくちゃいけないらしい。
思わず「本気?」と声に出したくなる。
だって、わたしのことはきらいなはずなのに、こういうことをするのはいやじゃないんだろうか。
それとも他になにか理由があるのかもしれない。
キスする理由なんて、いくら考えたところでわたしにはわからないだろうけど。
思考をめぐらせながら、菖蒲くんの閉じた唇、スッととおった鼻すじ、温度のない瞳とゆっくり視線をうつす。
きれいな顔立ちだと思う。
肌だって、わたしよりもきめ細かいし。
こんなひととはじめてキスするなんて、頭がどうにかなりそうだ。
とにかく気持ちを落ち着けて、映画のワンシーンみたいにさらりと終わらせよう。
少しずつ少しずつ、近づいて、目を閉じて。
まぶたが世界をおおう瞬間、菖蒲くんの耳もとで青色の丸いピアスが光った気がした。
深い輝きにのみ込まれる前に、急いでまぶたの裏に逃げこむ。
だけど、暗闇はすぐに青に染まった。
二人でながめた、いつかの空だ。
きっとこのキスも、こんな理不尽な関係も、あの時の空みたいに一瞬で終わる。
どれだけわたしが逃げたって。
暗闇ににじんだ、やわらかな群青の空になにもかものみ込まれてしまうんだろう。