束の間のブルーモーメント


 急激に熱が引いて冷たくなっていく口元に手をあてる。

 へんなの、へんなの、へんなの。

 わたし、どうしたんだろう。

 まぶたを開けると、菖蒲くんが挑発するような目つきでわたしを見つめていた。

 いたずらに口角をあげる。

「よかった?」

 カーッと一気に頬が熱くなる感覚がした。

 からかわれて、すごく腹が立つ。

 わたしが困るところを見るのが楽しくて仕方がないらしい。

 がまんができなくて、今度こそ肩を強く押し返して菖蒲くんからはなれる。

「もう! 菖蒲くん!」

 腕でほてった顔をかくすと、菖蒲くんはとうとう声をあげてけらけらと笑いだした。

「名前は?」

「……え?」

「おれの名前」

「あや……めくん」

「ちがう、下の名前」

「ち……千耀(ちあき)くん?」

 五年前ぶりに呼んだ、その名前。

 菖蒲くんはどこか満足そうな表情を浮かべた。
 
「もう一回する? 千耀くんお願いしますって言ったらしてやるよ」

「そんなこと言うわけないじゃん。むりやりしたくせに……!」

「そっちからしてきたんだろ、キス」

「なっ……!」

 菖蒲くんはゆっくりと立ち上がると、わたしを見下ろした。

 冷たくはないけど、感情の読めない静かな目つきで。

 わたしも、怒りをこめた瞳で菖蒲くんを見上げる。

「しばらく退屈しなくてすみそう。またおれが呼んだらきて」
 
  
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