束の間のブルーモーメント
「なんこれ。だっせー」
「お願い、返して」
胸に抱いたノートをぎゅっと握る。
菖蒲くんはいじわるに笑ったあと、窓の外に目くばせをした。
「あいつに書いたやつ?」
菖蒲くんの視線の先を追う。
そこには、五月のさわやかな風がとてもよく似合う彼がグラウンドを歩いていた。
こちらの出来事なんて知るよしもなく、体育の授業終わりにクラスメイトと笑い合っている。
「秋輪せんぱい…………だっけ」
耳もとのすぐそばで聞こえた、かすれた声。
菖蒲くんは、いつの間にかわたしの背後に回っていた。
すぐにでも振り返って押しのけたい。
けれどそうすれば、菖蒲くんの思うつぼにはまってしまう気がしてぐっとこらえた。
「秋輪くんがどうかしたの」
「サッカー部のキャプテンで、男からも女からも人気があって、三年で一番目立ってる」
「それがどうしたの?」
菖蒲くんは、グラウンドをさえぎるようにわたしの前に立った。
銀色の窓わくに両ひじをかけて、きれいに整った顔を軽くかたむける。
「それがどうしたのって。おまえみたいな陰キャ、相手にされると思ってんの?」
窓からあふれる五月の風が、菖蒲くんの黒髪をふわりとなでた。
両耳の丸い青色のピアスが、あたたかい日差しの注がれたグラウンドと一緒にちらちら輝いている。
まるで絵画みたいだ。
絵画みたいなのに。
「どうしてそんなこと言うの?」
「決まってんだろ。きらいだから。おまえのことが」
日差しのぬくもりを忘れるくらい、冷たい視線を全身に浴びる。
だんだんかげっていく廊下で、わたしはぼんやりと菖蒲くんを見つめ返した。