束の間のブルーモーメント



 だけど、まだ一年生の菖蒲くんに「よけいなおせわ」なんて怒られることも多かった。

 それでも、わたしと出会ってから菖蒲くんの性格がずいぶん明るくなったらしい。

 家に遊びに行くようになってしばらくたった時のことだ。

 初めて会ったお父さんにあいさつをしたら、両手をつかまれて何度も「ありがとう」と感謝された。

 それから、家に遊びに行くたびに食べきれない量のごちそうをふるまってもらったり。

 夏になるとたくさんある別荘へ連れていってもらったりもした。

 わたしが一番すきだった別荘は、波の静かな海岸沿いにあった。

 うだるような暑さは姿を消して、涼しい風にゆれるオレンジの砂浜はやわらかくて。

 水平線に浮かぶうるんだ太陽が、ぴかぴかきらめく海にとけていく。

 それからまっしろに燃えたあと、群青色にそまる空に心をまるごとうばわれた。

 その時、となりにいた菖蒲くんがこう言ってくれたっけ。

「この空、ブルーモーメントっていうんだって。きれいだよね。すぐに消えちゃうけど」

 遠くをながめる菖蒲くんは、まだ小学四年生で六年生のわたしよりも背が低くてかわいいはずなのに。

 どうしてか大人びて見えて、今にもあわい群青の世界につつまれて消えてしまいそうだった。

 たまらなくなって、手をぎゅっとにぎって。

 菖蒲くんは一瞬おどろいた顔をしていたけど、わたしの手をそっとにぎり返してくれて嬉しかった。

 
< 5 / 16 >

この作品をシェア

pagetop