失くしたあなたの物語、ここにあります



 翌日、まろう堂への配達を終えた沙代子が天草農園へ戻ると、販売所の裏手に自転車を停めているうららと出くわした。

「もう大学休みなの?」

 足早に駆け寄って尋ねると、沙代子に気づいたうららは満面の笑顔になる。人見知りの沙代子には羨ましいぐらい、人懐こくて人好きのする子だ。

「補講で休みなんですよー。今日、シフォンケーキ作るんだっておばさんに聞いて、早速来ちゃいました」
「私もハーブ入りは初めて作るから、改めて声かけようと思ってたの」
「迷惑かけないように大人しくしてます」

 そう言って、彼女は体をしねらせると肩をすぼめる。

 とても、大人しくしてるようには見えないおどけた態度を笑うと、彼女も吹き出して笑う。一緒にいると楽しくて飽きの来ない子でもあるようだ。

 販売所の裏口から中へ入ると、左手の通路の奥にある厨房へと向かう。うららも勝手知ったるように率先して歩いていく。

 厨房では、天草さんのお母さんが材料を用意しているところだった。おばさんはこちらに気づくとほがらかな笑顔を見せる。

「ふたりとも、いらっしゃい。沙代子さん、戻ってきたばかりで悪いけれど、材料の確認お願いできる?」
「全然。すぐに準備しますね」

 沙代子は流し台で念入りに手を洗うと素早くエプロンをつけ、作業台の上に乗る材料を、レシピと照らし合わせてひとつひとつ確認していく。

 まずは、ファリーヌ。おばあさんのシフォンケーキには欠かせない最高級の国産小麦だ。次に、懇意にしている農家さんから購入する自家製オリーブオイルに、微粒子のグラニュー糖や鶴川の名水といった基本的な材料にくわえ、天草さんのお父さんが市場で購入してきたばかりだという国産レモンと、天草農園自慢の採れたてローズマリー。そして、産みたて卵はおばさんが卵黄と卵白に分けて、すでに冷蔵庫に入れておいてくれている。こだわりの材料はすべてそろっている。

「美味しいケーキが作れそうです」
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