失くしたあなたの物語、ここにあります
「ミックスは、どっちが持っていてもいいのかも」

 ふたりはきっと時間を共有する関係になれる。そう思うからこそ、沙代子はそう答えた。

「発展途上の恋って新鮮だよね」

 そう言って、じっと見つめてくるから気まずい。

 中途半端な生活を送る今の自分では、堅実に夢を叶えてきた彼の気持ちを受け入れたらいけないと思う。そうしないと、いつまでも彼に甘えるばかりになってしまう。

「あ、私も帰らなきゃ」

 自分の気持ちをはぐらかして立ち上がると、天草さんがカウンターから出てくる。

「葵さん、待って」

 そう言われたら、待たないわけにはいかなくなるような、真剣味を帯びた声だった。

「さっきの話だよね。ちょっとびっくりしちゃった」
「びっくりしただけ?」

 うつむく沙代子の顔をのぞき込む彼の目は、どこか不安そうだけれど、強さも含んでいるように見える。

「天草さんと昔に出会ってたなんて知らなかったの。今まで思い出さなくてごめんね」

 今でも、断片的な記憶しかない。きっと沙代子はこれ以上、昔の彼を思い出せない。そういうことすら、申し訳なくなる。

「忘れてても仕方ない話だから、それは気にしてない」
「うん……」
「俺たちも、取り戻せるかな」

 過去の恋の続きを、今から?

 力強さだけが残るまなざしを、沙代子は見つめ返す。覚悟を決めた目というのは、きっとこんな目なのだろう。

 沙代子と付き合いたいと願った彼は、今も目の前にいる。

「ねぇ、天草さんは覚えてる?」

 沙代子はそう切り出す。

「何を?」

 今でも初恋相手が好きなんだと告白した彼の初恋相手は沙代子だった。しかし、これまでの彼の告白の中で一つだけ沙代子に符号しないものがある。

「気になってる女の子がいるって言ってたでしょ? その子はハーブティーが嫌いなんだって」
「うん、言ったね」
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