失くしたあなたの物語、ここにあります
「私、ハーブティー嫌いだった? そういうのも覚えてないの。きっと覚えてないことで、天草さんを傷つけてるかもしれない」

 天草さんは困ったように眉根を寄せる。

「そんなふうに考えなくていいんだよ。葵さんとの思い出はいいことばっかりなんだからさ」

 沙代子が覚えてないだけで、ハーブティーなんか嫌いだと、天草さんに言ったかもしれないのに?

 彼は優しいから、沙代子を傷つけるような事実は何も言わないだろう。その優しさに、ますます心苦しくなる。

「……ごめんね。それしか言えなくて、本当にごめんなさい」
「そんな返事じゃ、あきらめられない」

 あきらめてほしい。沙代子だって、それは言いたくない。だからって、受け入れるとも言えない。

「天草さんの中にある私とのきれいな思い出を壊したくないの」

 過去に何があったとしても、彼の中ですべての思い出がいい記憶になっていて、今好きでいてくれる気持ちは真実だろう。

 だけど、あの頃の沙代子はもうここにはいない。幻滅させるぐらいなら、今の関係のままがいい。

 あいまいにしておきたい気持ちを理解してくれたのか、天草さんはふっと緊張感をゆるめたようにほほえむ。

「いい思い出はきれいなものだよね」
「うん。だから、大切にしてて」
「するよ。だけどさ、思い出は増やせるんだよ、葵さん」
「増やせる?」

 首をかしげると、天草さんは穏やかに言う。

「今はまだ考えられなくても、俺は葵さんとふたりで、新しい思い出を作っていきたいって思ってるよ」




【第三話 思い出を記憶する月刊誌 完】
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