失くしたあなたの物語、ここにあります
 早速、天草さんはトートバッグからクリアファイルに入った用紙を取り出す。それを受け取ったとき、沙代子は門の前に現れた人影に気づいた。

 その人影は、痩身の少年だった。少年の視線は沙代子の頭上に注がれている。

 亡き父が残した沙代子の自宅は、丸窓のあるメルヘンチックな洋館で、来訪者の目を惹きつける佇まいだ。例にもれず、少年の関心を引いたのだろう。

 ほどなくして、彼は沙代子に視線を移し、無表情で小さく頭を下げた。

悠馬(ゆうま)っ?」

 沙代子はそう言うが早いか、少年に向かって駆け出していた。

 門を勢いよく開くと、少年は表情を変えることなく、冷静なまなざしで沙代子を見つめる。彼はいつもそうだ。すべてを悟ったような目をしている。

 沙代子もまた、高校生とは思えない、その落ち着いた風貌を眺め返す。彼に会うのは父の葬儀以来だったが、ますます大人びたように見える。

「どうしたの? いきなり来て」

 入って、と沙代子は少年を促すと、天草さんのところへ連れていく。

「天草さん、ごめんなさい。資料には目を通しておくから、また連絡するね」
「こちらこそ、急に来てごめん」

 来客があると知っていたら後日にしたのに、と言わないばかりの表情で、彼は申し訳なさそうにする。

「それは全然。私も弟が来るなんて思ってなかったから」
「弟さん?」

 天草さんはひどく驚いた表情をする。

 やっぱり彼は弟の存在を知らなかった。父の銀一とは仲良くしていたようだけど、父も悠馬の話はしなかったのだとわかる。
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