失くしたあなたの物語、ここにあります
「悠馬、ハーブティー飲む? あとは、ココアならあるよ」
「姉さんと同じものでいい」
キッチンに入り、ソファーに行儀よく座る悠馬に尋ねると、気づかいの返事が返ってくる。自己主張が苦手なわけでもない彼にしてみれば、なんでもいい、というところだろうか。
「じゃあ、どうしようかな。カモミールが飲みやすいかなぁ。ペパーミントも爽やかでいいよね。あ、でも、もうすぐお昼だしね。……やっぱり、ハーブウォーターにしよっか。サンドイッチなら作れるから食べていって」
食器棚に並ぶ茶葉を眺めながら考え、結局、冷蔵庫に冷やしてあるレモンとミントを入れたハーブウォーターを取り出す。
すると、悠馬は珍しくにこやかな表情をして……、と言っても、わかりにくい笑顔だが、「うん」とうなずいた。あれこれ迷って、ひとりごとを言う沙代子がおかしかったのだろう。落ち着いてはいるが、こういう姿を見ると、この間まで中学生だった年相応の少年だなと安心する。
「今日は帰る? 泊まっても大丈夫よ」
母の暮らすアパートまでは、鶴川から電車で1時間ほどかかる。夏休みだし、また来るなら泊まっていけば? と思って尋ねると、悠馬はリビングの中をゆっくりと見回す。
沙代子にとっては両親と暮らした記憶のある生家だが、悠馬にとっては違う。
クラシカルなお城のような雰囲気のある豪華な調度品は、落ち着かないと感じるだろうか。別居してからの母は、身なりこそ派手めなおしゃれをしていたが、ほかは質素で、家具もあきらかに母の趣味ではない、実家の祖母から譲り受けた和風家具を使っていたから余計に。
「二階は普通の部屋だから大丈夫よ。あっ、お母さんに内緒で来てるなら帰る?」
「泊まる」
あっさりと、短い返事が返ってくる。
「じゃあ、お母さんには私から連絡しておく。何日ぐらいいる?」