失くしたあなたの物語、ここにあります
 まろう堂のケーキは、ハーブティーに負けず劣らず、見た目も味も絶品だ。勉強のつもりでふたつ食べたことは認めるけれど、それをはっきり認識されてたと知るのは恥ずかしい。

「そ、それより、私がパティシエだって、父に聞いたの?」

 わざとらしく、沙代子は話をそらした。天草さんもいつまでもからかうような性格じゃないらしい。

「そろそろ独立を考えてるみたいだって聞いたよ」
「そんな話まで?」

 少々あきれてしまう。全部筒抜けみたい。

「城下町でも、古本屋の跡地でも、娘が気に入る場所ならどこにでも店を建ててやるつもりだって言ってた。愛されてるなぁーって羨ましく思ってたよ」
「古本屋の……跡地?」

 そんな風に父は独立を応援しようとしてくれていたのだと、むずがゆい気持ちになりながらも、引っかかりを覚えてそう尋ねた。

「うん、聞いてなかった?」
「全然。あっ、さっきね、まほろば書房に行ってきたの。お店が空っぽでびっくりしちゃった」
「本当に何も知らないんだね」

 今度は天草さんがあきれる番だ。日頃から仲の良い親子のように想像していたのかもしれない。困ったときだけ父を頼る娘だったなんて知られたら、ますますあきれられてしまうかもしれない。

「天草さんは何か知ってるの?」
「知ってるもなにも、まほろば書房を閉店したのは、まろう堂をオープンさせたからだよ」
「どういうこと? もっと詳しく教えて」
「話したよね。天草農園のカフェを城下町に移転させたって話。移転の話があるって聞きつけた銀一さんが、資金援助を申し出てくれたんだよ」

 沙代子の目が大きく見開く。さっきから驚いてばかりだ。

「資金援助って、唐突すぎない?」
< 16 / 211 >

この作品をシェア

pagetop