失くしたあなたの物語、ここにあります
「まあ、そう思うよね。銀一さんとうちの祖父母が仲良しだったのもあるとは思うけど、さすがに俺も両親も、親切すぎだって断ろうとしたんだけどさ、条件付きだって言うから」

 沙代子の知らない父の交友関係がまた一つ出てきた。近いうちに、天草農園にも顔を出した方が良さそうだ。

 いくつ引っ越しのごあいさつを用意しなきゃいけないんだろうと、頭の中で算段しながら、沙代子は興味深く尋ねる。

「条件ってなんだったの?」
「古本をカフェに置くこと。葵さんも見てたよね、本棚の古本。あれ、全部銀一さんのだよ。本棚に入りきらない分は俺の実家に置いてある」
「迷惑じゃない?」
「資金援助してもらったからね。それを考えたら、お安い御用だよ」

 天草さんのご家族も優しすぎないだろうか。沙代子が想像する以上に、父と天草さんは家族ぐるみで親密な関係だったのだ。少しだけ、沙代子はさみしい気がした。

「そういうことなら、私の店に置きたいって言ってくれてもよかったのに」

 すねるように言ってしまう。

「パティスリーに古本? それもおもしろそうだね。でもさ、銀一さんは葵さんを束縛したくなかったんじゃないかな? 俺はずっとこの町で生きていくって決めてるけど、葵さんはそうじゃないだろう?」
「それは……」

 図星だった。独立したいと言い出したときは、まろう堂を切り盛りする天草さんからしたら、お遊びみたいに漠然としたものだっただろう。

「父がまほろば書房を閉めたのは、いつ?」
「まろう堂をオープンしたときだから、1年前だよ」
「それ、私が独立したいって言い出したころ」
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