失くしたあなたの物語、ここにあります
 父はどうなってもいいように、まほろば書房を閉める決意をしたのだろう。どこまでも娘思いの優しい父なのだ。

「まほろば書房の跡地もさ、なかなかいい物件だよね。最近の二十日通りはずいぶん若い子向けのショップがオープンしてるから、あそこにパティスリーをオープンさせるのも悪くないし、あそこを売ってほかの場所にオープンさせるのもありだよね」
「って、父が言ったのね」

 沙代子はくすりと笑ってそう言ったが、天草さんは意外にも大真面目な表情でうなずく。

「夢を叶えるためには、妥協しなくていいと思う」
「父の夢を奪ってまでほしい夢なんかじゃない」
「奪ってなんかないよ、きっと」
「そんなの気休め」

 むきになる沙代子に、彼はそっと首を横に振ってみせる。

「違うよ。古本はまろう堂にあるんだから。銀一さんの思いは、まろう堂でちゃんと生きてるよ」
「生きてる……?」
「まほろば書房を閉めたとは言ったけど、ある意味、まほろば書房も移転したんだ。長く古本屋を続けるには、後継者がいるしね」
「じゃあ、父は天草さんに跡を継いでもらうつもりで?」
「跡を継ぐなんて立派なものじゃないけど、責任もって、大切な本はお預かりしてるよ」

 穏やかな中に力強さを持った声音で、彼はそう言う。

 天草さんがどんな人なのかまだよく知らないけれど、父の思いを裏切らない人なのだろうと、沙代子は思う。

「父の本……見せてもらってもいい?」

 だめというわけないとわかっていながら、おずおずと申し込む。

「もちろん」

 案の定、天草さんはうれしげにうなずいた。
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