失くしたあなたの物語、ここにあります
「お待たせ。ゆっくりする時間はないかな?」

 彼は予約済の箱から『無色の終夜』を取り出し、そう尋ねる。

 何か飲み物をと考えてくれたのだろうが、彼も疲れているだろうし、沙代子は「すぐに帰るから」と遠慮した。

「この本、悠馬のもの?」

 じっと本を見つめる悠馬の横顔に、沙代子はそう尋ねた。

 彼の探す『無色の終夜』がまほろば書房にある古本でなければならなかったのは、この本が彼のものだからだろうと思う。

「銀さんが送ってきた本」

 悠馬はそう告白する。

「毎年くれる誕生日プレゼントね?」
「中2のときにくれたんだ」

 その本がまろう堂にある。やはり、2年前、父と悠馬の間にこの本に関する何かがあったのだ。

「どんな思い出のある本なの?」

 まろう堂で誰かを待つ本たちには、いつも思い出があった。だから、さらに尋ねた。

 黙って見守ることも考えたが、これまでもそうして触れてこなかった事実に彼が苦しんでいるなら、沙代子は踏み込むべきなんじゃないかと思ったのだ。

「思い出なんかないよ」

 しかし、悠馬の返答は冷淡なものだった。

「ないの?」
「こんなにつまらない本、ほかにないから」

 じゃあなんで、探していたのだと沙代子が首をかしげると、天草さんがくすりと笑う。

「この本さ、俺も読んでみたけど、確かにつまらない本だよね」

 えっ、と悠馬は声を漏らし、驚いた表情で彼を見上げる。

「どんな話なの?」

 沙代子は気になって尋ねた。すると、天草さんはとうとうと話す。
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